2017-11

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我慢ほど楽なものはない

Pコンサバの典型的な台詞として、次のようなものがある。このブログに来てくださっている皆様も一度は聞いたことがあるのではないだろうか。

・子ども全員のためになることだったら、やるしかない。たった6年、ごちゃごちゃ言わずやればいいじゃない。
・やらずに文句を言うのは「食わず嫌い」だ。理屈はさておき、とにかくやってみるべきだ。
・やりたくないからやらない、というのはわがままである。PTAというものが現にあり、その行事などで子供がお世話になっているのだから、参加しないであれこれ理屈を言うのは恥ずかしい。
・たった年に数回くらいのことが、そんなに苦痛?

これらの台詞が、心から納得して発せられていることは、どれくらいあるのであろうか。
多くの、これらの台詞を言う人たちが、実は「我慢」をしているのではないかと私は思う。
もし心から納得して信念としてそう思っているのであれば、「やりたくない」と言っている人にわざわざ上記のようなことを言って無理矢理押しつけることはないと思う。
「あら楽しいのにもったいない」とか、それこそ「やってくれないのか。まあいいか年に数回だし」と思いながら、さっさと次の年もやるだけだろう。
あれこれ手を変え品を替え、表現をとっかえひっかえして消極的な人にやらせようとするのは、自分もやりたくないと思っていることの証明だろう。

やりたくないことは断る、という単純かつ自然なことができないのは何故か。
それは、断ることによって新たなストレスが発生するからである。
白い目で見られる、変な噂を立てられる、いやな顔をされる…
それらのストレスを受けるのがいやだから、引き受けるわけである。
つまり、自分に我慢をさせて、すべてをおさめる。
我慢するというのは、いちばん手軽な解決法である。
自分が我慢するだけでいいのだから。
何かを筋道立てて考えたり、相手に分かるように整理して書いたり、じっくり待ったり、法律や今までの慣行を調べてその正当性を自分なりに消化したりする必要もない。
なにも考える必要はない。我慢して過ぎ去るのを待つだけでいい。

先日たいへんに気温の下がった夜があり、それが明けた早朝、私は洗濯物を干すためにうっかり裸足にサンダル履きでベランダに出てしまった。
洗濯物を干すには少なくとも15分程度はかかる。空気の冷たさから、このまま作業を続けていると足の感覚がなくなってしまうことを私は予感した。
しかし部屋に戻って靴下をはくのが面倒だったので、そのまま作業を続けた。
案の定、冷たさのあまりつま先がしびれて痛くなってきた。
それでも私は、つま先が痛くないことにして我慢し、最後まで作業を続けた。
当たり前だが、誰も私を「よく我慢したね」などとほめる人はいない。
我慢したのは私の勝手である。
理由は、我慢しないで物事をきちんと解決する(靴下を履いてくる)のが面倒だったからである。
別に我慢が崇高なわけではない。

しかし、なぜかPコンサバの中には、靴下を履いてくることや暖かい部屋の中に洗濯物を干すことを敵視する人がいる。「たった15分くらい我慢もできないの?」と責める人がいる。
我慢が、どうしても我慢しなければ成り立たないものかどうかという議論を嫌がる人がいる。
それはきっと、我慢をすることが一番楽な解決法だからだと思う。
楽なことを邪魔されるのは大変に腹が立つのである。

うちのPTAに何年も本部役員をやっている人がいるので、てっきりそれが好きなのかと思っていたところ、何かの委員会の時に「○○の作業が負担だといっている人がいます。どうやったら軽減出来るか検討しませんか」という提言を私がした時に、「たったそれくらい…役員の仕事に比べたら」とつぶやいたので仰天したことがあった。
彼女にとって、役員という仕事は何年にも渡る我慢の連続であったのだろうか。だとしたら気の毒なことではある。まあしかしこう言っては何だが、断らないのも本人の裁量であるから、いかんともしがたい話だ。

何年も奉仕を続けた彼女でも「私も我慢してるんだからあなたもその一部くらい我慢しなさいよ」のようなことをポロリともらす。あらゆる場所、ウェブサイト、雑誌、テレビ、会社や家庭や学校、いろいろなところで人は不満を漏らす。
その多くが、「自分は我慢している」に事を発する。
人間など弱いものである。「我慢」と美しくポーズを取ってみたところで、実際に最後まで「我慢」しきって呑み込んで済ませられる人など少ないのだ。
だから、ぶつくさとあちこちで不満を垂れ流し、八つ当たりをすることになる。

「それが結局のところ楽だから、我慢をしている」ケースは、特にこの日本においてはものすごく多いのではないかと思う。
他国のように、命令通りに結婚しなければ殺されるとか、逃げようとすれば一族もろとも焼き払われるという状況であれば、「我慢がつらい」というのは非常にわかる話であるが、「私だって我慢してPTAの手伝い出てるのよ!」とか言われても、「それは、あなたがその我慢をするメリットを選択しただけでは…」とつい、のど元まで出かかってしまう私なのであった。

まあそれでまたモメるのが面倒なので、私もそれは言わずに「我慢」しちゃうわけなんですけどね。

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ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
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