2017-09

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戦後67年、いいかげんにそろそろモノを配るのはやめませんか

ティッシュカバーですっかり脱線してしまったが、そもそも書こうと思っていたことはタイトルのようなことだった。
今はモノあまりの世の中だと言っちゃっていいと思う。モノを捨てるための本がベストセラーになってるようだし、わが家だって、「欲しいけど買えないモノ」とか「自分じゃ買えないけど誰かくれないかな〜と待ち望んでいるもの」など無いに等しい。あ、もちろん、広い家が欲しいとか、新しい車が欲しいとか、そういう話は別だけども、要は手軽にプレゼントしてもらえるようなモノはこっちも特に要らないわけである。

今この日本において、プレゼントの意味は「気持ち」しかないと思う。私のことを思って買ってきてくれてありがとう。少しでも分けようという気持ちをありがとう。美味しいものを食べさせたいという気持ちをありがとう。
だからそこは嬉しい。そういう気持ちは嬉しい。しかしモノ自体には、そんなに価値があるわけではない。金を出せば買えるのだ。

昔住んでいたところの近所のおばあさんで、いろいろとモノをくれる人がいた。辞退しても押しつけ、手に握らせる。顔を合わせたが最後、手ぶらで帰ることは許さない。お菓子や野菜ならまだしも、刻んだたくあんを両手にじかに盛られた時は、家に帰っても鍵も開けられず本当に困った。
そして、「Aさんには○○をやった」「Bさんには△△をしてやった」などが口癖。
私もどれだけ言われていたことだろう。
決して悪い人ではなかったのだが、近づくと被害(?)にあうので、なるべく距離を置くようにしていた。しかしそれでは、こんどは「顔も見せない」と言い始めるのは間違いなかったので、しかたなく失礼にならない程度には顔を見せ挨拶をして、モノ攻撃にみずから遭っていた。

プレゼントというのは両刃の刃である。モノをあげることで「自分が満足したいのだ」という自覚がない時、自分が奉仕していると信じ切っている時、それはむしろ困りものにならないだろうか? ましてやその「モノ」が、本当にどうでもいいようなモノだった時、自覚もないまま奉仕感にたっぷり浸られても・・・・なかなかに重い話なのである。

PTAは「何かをしてあげたくてたまらない団体」である。それで何につけても、「何かを配る」という発想になる。
本当に有志の心で、子供たちの喜ぶ顔を見たいという気持ちから、ちょっとしたものを配りましょうというのは、心温まるしいいことだと思う。
しかしそういうちょっとした親切心から、「でも、あの子の親からはお金もらってないわよ」という発想が出てくるものだろうか?
「予算がある以上、なにがなんでも配らなければいけない」になり、「会員じゃない人は実費請求」になり、むりやり数を揃えて、たかが200円ぐらいの菓子に仰々しく「PTAより」と熨斗をつけるだろうか?

やはり、私はどうしてもそこに下心というか裏心というか、「満足したいのは自分達なのに子供たちのためということにして浸っている」「子供たちのためなのだから、それに参加しない親は罰すべき存在。それが子供たちのため」とずれまくってる空気を感じ取ってしまうのだ。
PTAがなくなれとは思わないが、時々「嫌いだなあ」と感じる。いろんな場面で感じるが、そういった「モノ配り」にご執心な姿を感じるときもその瞬間の一つだ。

子供たちのため、というなら、本当に子供たちが今困っているのはどういうことか、という観点からのサポートがあってもいいのではないだろうか。
ボールを使える公園がない。好きな時間に友だちと遊べる屋内スペースがない。教師から理不尽なことを言われ困っている。身近でいじめがある。災害時に親がいなかったらどうしたらいいのか不安。
子供たちは、いろいろなストレスにさらされている。教育環境を充実させるという目標を掲げているなら、モノを配ることなど、優先度からいえば最後尾だと思うのだ。

ま、「もしやるなら」という話であって、現PTAにそれをやれと思ってるわけではない。
「もっと有意義な活動を」のようなことを会員時代に言ったこともあるが、「そこまでは無理。だからせめてできることをやっているだけ」としか言われなかった。
無理なら無理でもかまわないが、それならそれで「たかがモノ配り」にしかすぎないことをいちおうきちんと認識した方が良いように思う。ベルマークもそうだが、いつでもやめてかまわないようなレベルの活動なのである。
「そのレベルの活動」ということがわからず重要視し、「やらない人はズルイ」「それでも親?」「産まなきゃ良かったのに」と騒ぐ人を見ると、ため息が出る。
趣味は趣味。ボランティアはボランティア。「せめても」の活動は所詮「せめても」。モノをあげるのはあげる側が満足したいため。
そこが分からない人が「モノを人にあげる活動」に熱心に励みはじめると、本当にハタ迷惑なものになると思う。

コメント

拍手喝采 同感です

私も児童に物をあげる、学校に物をあげる、寄付するってことに
違和感があります。

入学すると
児童の名札(最初だけ、無くしたら購入)
保護者のネームプレート(最初だけ、無くしたら購入)
今年なんて新1年生に探検ボードまで出す始末
(PTAの意図とは違い学校側が配ってしまった・・・
T側の方のご意見では、卒業生にも図書カード渡すんだからいいじゃないだそうです)

夏休みには児童ひとりに300円で登校班でイベントを開けと・・・

卒業式には賞状の筒に胸に付ける造花に卒業祝いとして図書カード・・・
卒業には卒対からも色々出しますよね。卒対費用として別途徴収されますが

これって個人で購入すればいいのでは?名札など同じ物がいいなら教材費って
毎月取られている費用から出せば済むし、なぜ同じ物に拘るのか
なぜPTAが購入して渡さないといけないのか、本部に入って知ってから疑問でしたね

そんな費用は個人にすれば、非加入だとかズルいだとかの問題は無くなるし
会費も安くなると思うのだが・・・
税金とかだと無駄を無くして削減できるだろうって言うのに、
PTA会費(金額が少ないけど)は無駄を無くせ~~って意見が出ない
まぁ皆さん収支報告書なんて配られても即ゴミ箱なんだろうね

たまーに余ったPTA会費は返せって保護者も居るけど
(この気持ちは分かる気がする)

ちょっと前の本部員の方では、自分のお金では無いからか
やたらと物を購入してあげたがる人が居ました。
スポーツ大会だと審判に決まったお礼以外にお菓子や果物を買って来たり
宿泊イベントだと先生や他の方にケーキや煎餅など・・・すべてPTA会費で買って
その方の自己満足でしたが、古く本部役員だったので口出しできませんでした。
今年はその点は削減しています

東京葛飾区さん、コメントありがとうございます!

いやはや、東京葛飾区さんのところもモノ配りが沢山あるようですね〜
保護者のネームプレートなんて、子供の入園入学時に否応無しに配られるものだから、やたらにいっぱい我が家はあります。
今年度はPTAに入会しないって言ったら、「じゃ入学式で配ったネームプレート代払え!」ときたので、未開封だったネームプレートをソッコ〜返しました。有無を言わさず配っておいて、金払えって…もしかして「コワイ方々」?

児童の名札を必要としているのは誰なんでしょうか?
学校が、学校教育に必要なら、行政費で買えばいいのに。
一歩譲って父母負担だとしても、なんでPTAが集金ですか?
わかりませんねえ…。

PTAの決算書ってやっぱりろくに見ませんよね、普通。
うちのPTAはけっこうな額の周年準備金を積み立ててます。
あんなに多額のお金で何するんだろう…
前回の周年行事は、どーでもいいお偉方呼んだ長話だけの式典と
なんか記念冊子みたいなのとクリアファイルが来たかな…
あまり記憶もないくらい、どーでもよかった。
とてもじゃないけど、金銭負担してまでやって欲しい行事じゃなかったです。
軽く、こどもと先生のお祝いパーティくらいで良くないですか?
うちは会費払ってないから、航空写真のうちの子のとこだけモザイクかけるのかしら(プッ)
ベルマークで途方もない時間使って備品買うくらいなら、あの金で買えば早いしたっぷりおつりくるのに。
などと思ってしまう私でした。

>ちょっと前の本部員の方では、自分のお金では無いからか
やたらと物を購入してあげたがる人が居ました。

それは問題ですよね…。
自分でしたい親切は、自分の負担でやろうよ…。
そういえば昔は会社でも、何かにつけて誰かにお祝いしたがる人がいつも必ず1人はいて、徴収に回ってました。
たまになら協力しますが、これも頻度が行き過ぎるとうっとうしい…。
最近はそういう空気も何故か少なくなりましたね。
今の若い女性って賢くて、きちんと考えてお金を使っていて、やたらに好意を押しつけたがるタイプも少なくなったし、お土産などもさりげなくて、高価ではなくてもセンスあっていいなあって思います。
だからといって「損したくない!」というのとも違うし、誰かが困っていればサッと手を出して助けるし、とっても礼儀正しくて年上を大切にしてくれるし、私なんて能力もないのに反抗ばかりしていた若い頃を思い出して恥ずかしいくらいです。
そういう若い子たちを見ていると、これから彼女たちがかかわっていくPTAも変わっていってくれるのかな?とちょっと期待してます。

愚痴でコメすみません。
自PTA執行部がネット検閲してるので、自分でブログって大々的な事もアレだから、ふぎゃこさんブログのコメで埋もれる運命に任せて書いちゃいます。

東京葛飾区さん

もう、学校ってとこは法律なんて知ったこっちゃない無法地帯ですよね。
こっちもそうですよ。
ネームプレートもちろん、連絡網だってPTAのをガンガン使ってるくせに「PTAのメール連絡網です」って。
周年行事って書かれた数々の立派な備品の数々。
入学記念に卒業記念ってコレ、イランでしょう。
「子供達の子供祭りの経費がなくなるでしょ」
って入退会自由を完全拒否するんだけど、だったら削減できるとこ一杯あるだろうに。

「PTAでイジメ撲滅の活動しましょう」
って、よく言えたものだよなぁ。
経費や労力で不満抱えて、退会する保護者イジメに走るのはどこの団体?

PTAで保護者支配に飽きたらず、ウチの学校は保護者に読書の宿題を課して来ました。
えっコレ、読書の宿題って私たち保護者は希望してないんですけど。
親と子、それぞれ30分読書して、表に記入させるってヤツ。
子供の宿題にくっつけるってウマイ手法で親学勧めるなぁ。
国語の評価にはならないし、
「学校教育と家庭教育、それぞれ役目がありますが家庭教育に関して保護者に宿題を課すのは行き過ぎと思います」
って手紙添えて辞退しましたですよ。
読書は好きでするけど、学校の宿題にされる覚えはないぞ~
不景気でサービス残業当たり前の厳しい時代、大変な生活の保護者もいるのに、よく、こういう事できるよなぁ。

周年行事に関しては、アレは報告書を書いて出してるよね。
助成金も出たりして、行政側がやらせてる節があるよね。
周年行事金も結構な額、積んでるんだよねぇ。
もったいない。

PTA会費から

いろんなモノ買ってますよね。
うちの子の学校ではそれほどでもないですが、どこかのサイトで「こんな使い方ってどうですか?」みたいな投稿があって、そのなかに
>学校行事である修学旅行や臨海学校の引率の先生に「寸志」として
ってのがありました。

善意に解釈すれば、いつも以上に長時間「お世話になる」のだし、宿泊行事だと子ともたちも羽目を外すこともあるだろうから、いろいろよろしくお願いします、ってことなんでしょうけど。

いろいろよろしく、のとこで、「調子にのってたらガツンとやってください」ならまだしも、「少々のことは大目に見てね」的な気分でお金わたしてるとしたら、これって公務員に賄賂贈ってることになるんでないの?と思ったのでした。

くわばらくわばら。

ある保護者さん、イツカキットさん、コメントありがとうございます。

やっぱり、予算ありきでやってるから、使うためにイベントやったり、使い道に悩んで突拍子もないこと思いついたりしちゃうんじゃないかなと思えてきました。寸志なんて教員が受け取ったら、いかに理由付けしようとアウトでしょう。
使わなかった分は返すなり、返金が大変過ぎてできないにしても、次年度会費にマイナスを反映させるなどしないと、事業のスリム化は難しいんじゃ?と思います。
口座引き落としにしてるPTAは、返金作業といっても、銀行や郵便局にマイナスデータの請求かけるだけですからそんなに大変じゃないような気がしますが。
与えられた予算は、無理矢理にでも使っちゃわないと…って、役所とか、セクト化した大企業の発想ですよね。
人から金集めておいてそれやるなんて、図々しいと思います。

うちのPTAもいろいろ「ムダだろ」ってものあるんですけど、「クラス費」っていうのが親睦に使えということで子供1人頭100円(年間)出るわけ。
何かできる額でもないから、たいてい、保護者会の時にお茶やお菓子になって終わり。
ただそれだけならまだしも、そのために厳密なフォーマットの手書きの帳簿付けとか、保護者会の前に委員が買いに走って、重いペットボトルを持ってきたりなどの仕事が発生。教室にお菓子の食べこぼしが散らかり…
大人なんだから、飲み物飲みたきゃ各自で持って来ればすむ話。たかが1〜2時間の会議に子供の教室散らかすな!って思いますよ。ぐずる乳幼児がいて仕方なくお菓子を…とかいうのは理解するけど、父母が菓子食う必要ないでしょ。

おっと、私も愚痴っぽくなってしまいました。
そういえば今年度は仕事の予定がことごとく合わず保護者会もとんと行けてませんが、もし行ったら、私を避けてお茶の紙コップが配られたりするんでしょうかねー。なにしろ「お茶代だって会費から出てる!」んですから。お茶は別に要らないけど、そんなことされたら噴き出してしまいそう…

お茶の紙コップ

保護者会でのお茶(ポットでしょうか?)、やってるんですねー。
「PTAの印刷物、紙一枚でもPTA会費から出ている」とのたまう〇〇〇〇のちっちぇー会長が自校にいました。幸い保護者会の飲み物は廃止されましたが。紙コップをホントに避けて配ったら笑っちゃいますね。保護者会、行くのがこわいような楽しみなような。
「クラス費」自校にもありますけど、飲食使用禁止です。だから、学年委員が子どもに還元できるものを買ったりしてます。百人一首かるただの、集合写真撮ってメッセージカードを添えて担任に、子どもにも写真を配ったり。

イツカキットさんの、修学旅行引率教諭に「寸志」はこわいなー。

猫紫紺さん、こんにちは!
猫紫紺さんのところは、とっくに飲食なんて廃止されてるんですね。
そりゃそうですよね。子供用の狭い机で資料も広げるのに、あんな倒れやすい紙コップで要りもしない飲み物が配られても、邪魔だしひやひやするし困りますもん。

今はさすがに大きいペットボトルさえ委員が買っていけばいいんですが、すご〜く昔は、ポット用意してきてた人もいましたね。
まーそのころの時代なら、出先でお茶があるのは有り難い…って発想も分からなくはないんですけど、いまはマイボトル(水筒)もペットボトルも普及してますからね。

クラス費使わないで本部に返せばいいのかもしれませんが、それでまたあーだこーだ言われてモメることを考えたら、黙って前年通りにやっちゃった方が早いので、毎年続いてるんでしょう。
ほんとうにムダな「団体化」ってめんどくさいなーと思います。

飲食廃止

>猫紫紺さんのところは、とっくに飲食なんて廃止されてるんですね。

あ~う~。
飲食廃止、ものによりけりなんです。

クラス費:
飲食禁止。保護者会のポット給茶も廃止(時間と労力気力の無駄?)。

クラスor学年単位の茶話会(懇親会):
100~200円程度の集金で、お茶とお菓子がでます。学年委員渾身のお菓子詰め合わせセットあり。お茶はポットやペットボトル。人によります。

単P全体で:
会議費名目で、お茶・コーヒー等がPTA室備え付け。ポット多数、冷水ジャグあり。欲しい人が適当に飲み、ついでに仲間にお茶をいれてる感じです。たまにコーヒー類を寄付したがる人もあり(もう、好きにして)。

まぁ、役員やると活動が長時間にわたるときもあり、のどもかわきますから、わたしは会議費名目のお茶に関しては否定しません。昨年、ぶっちゃけお昼代わりに飴やチョコも飛び出しましたが、もちろん個人持ちです。のーみそに栄養補給しないとやってらんないぜ、てのもあります。

ぶきゃこさんのところ、ポットを自宅から用意してた人、大変でしたね。

気楽と気づかいの境目は、人により違うけど、さっぱりいきたいものですよね。

猫紫紺さん、ご回答ありがとうございます!
茶話会っていうのがあるのですねー。出席率はどんなもんでしょうか?
うちの学校でも「クラス委員は年に最低1回は親睦会を開催しなきゃいけない」というノルマがあり、飲み会だったりランチ会だったりしますが、学年がすすむにつれだんだん出席率が下がるのですよね。
一般保護者の出席が学年で4人だったことも。(あとは委員)
要因はいろいろでしょうが、寄るとさわると次期役員とかの話になるというのも、原因になってるんじゃないのか〜?と思います。
同じクラスのお母さんに会うと気が重い…ような状態をPTAが生み出しているのではないかと。

私も、役員やってくださってる方のお茶代くらいは、常識の範囲内で必要経費と思いますが、保護者会で各クラスで出すとなるといろいろ大変になり、その大変さを背負う委員の押しつけ合いになる…くらいだったらやめればいいのにというくらいの感じです。
中学の役員したこともありますが、会議ごとに食べ切れないくらいのお菓子が山と積まれ、余ると「持っていって」と渡されました。
2時間かそこらの会議なのに、そこまで行くとやりすぎ感があります。
丸1日つぶれるような作業なら別ですけどね。でもそれならむしろお菓子じゃなくて弁当代支給したらいいと思います。

>気楽と気づかいの境目は、人により違うけど、さっぱりいきたいものですよね。

ホントそう思いますね〜。
日本社会って気配り、気遣いの社会なのかもしれませんけど、人にも同じことを求めたり「みんなやるべき」などと事実上の義務化に走りやすいのは困ったものです。だんごになりたがる社会なんでしょうかね。

茶話会の出席率

茶話会の出席率ですか。
やっぱり、自校でも学年が上がるにつれ減っていきますね~。
それでも、ぶきゃこさんのところよりは多いです。我が子が5年生の今年は学年人数の1/3くらい?役員どお?的な話も出ますけど、話題は、子育てとか中学PTA情報とか担任の噂話とかあたりさわりないもの(?)でした。これは、茶話会を1学期にやっちゃうせいかもしれないです。
役員選は2学期です。
ちなみに、私、学年委員もやりましたが、茶話会開催1回のみですませました。マニュアルに「懇親会は2回以上」と書いてあったのですが、てっへ、気がつかなかった~!と(実話)
だから、茶話会&ランチ会、という組み合わせの年もありました。飲み会は、クラスPTAで堂々と、というのはなかった気がします。それとも脳内デリートかも。

>会議ごとに食べ切れないくらいのお菓子が山と積まれ、余ると「持っていって」と渡されました。

たかが2時間の会議のためにこれはちょっと…うちでは考えられないです。
たしか「会議費はお茶のみ、お菓子NG」の引継ぎがあったような気がします。会計じゃないので、よくわからないのですけれど。

>だんごになりたがる社会なんでしょうかね。

ホントそう思います!!
「人にも同じ気づかいを求める」といったあたりの日本人の心理は、実は、まるおさんのブログに詳しいです。日本語シリーズ(エビデンスとしての日本語、日本人論、など)が私にはとても面白く参考になりました!
まるおさんがCiniiに出されている論文には、その内容が簡潔にまとめてあります。読まれました?PDF公開ですから、どなたでもアクセスおっけ~であります。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110008916054

猫紫紺さん、いろいろ教えてくださってありがとうございます!
まるおさんの論文みてきました。なるほどなぁと面白かったですよ。
日本語においては相手との関係性がとても重要な意味を持つのだということがあらためて納得できました。
日本人って、外国人に比べると知らない人と言葉を交わすのを極力避けるような感じがあります。
エレベーターや電車などでも「失礼します」とか「降ります」とか言わないでいきなりグイグイ押してくる人がいますが、少なくともいわゆる欧米人でそういう方を見たことがありません。

先日スーパーで外国の方に「ホッカイドーのコメはどれか?」といきなり話しかけられました。
多種多様な米があるので困ってしまったようで、手にはブレンドのもち米を持っていました。
「あのー」とか「すみませんが」などの導入句も言えないくらいの語学力でスーパーに乗り込んで産地指定で米を買うなんて、なかなか勇気あるな〜と思いましたが、日本人なら、行く前に全力で調べて、できるだけ誰にも聞かずに用を済まそうとするのではないかなと思いました。

相手との関係が確定しないで会話を交わすというのがなかなかハードルが高いため無意識に不安になり、いわゆる「シャイな日本人」となっているのかもなと、論文を読んで思いました。

「災害があったらそこにいる人同士で助け合うだけの話でしょう」と私は思っているのですが、絆!絆!とうるさいのは、そういう文化的背景があるからかもしれませんね。

「絆」氾濫の背景

ぶきゃこさん、お忙しい中、論文お読みいただきありがとうございます!
わたし、あれを読んで、「だから、企業やPTAとかで人間関係を気にするのか」と、やっと腑に落ちました。てへへ。それまでは、自分対相手、という単純な図式しか頭になく、顧客に対しても関係性をドライに割り切っていた(我社はサービスを売る、貴社はその対価を払う)ものですから、同僚に「失礼なヤツが来た」と言われちゃうよと指摘されてもピンとこない女でした。いえこれは10年以上前の話ですが(大汗)
育った家庭が祖母の時代から外国的で、「欲しいものははっきり言え」という考え方でしたから、そのせいでしょうか。
社会に出てから、いわゆる「シャイな日本人」と対面し、違和感の連続でした。割合的には、まだまだこちらの方が多いのかな~、と勝手に考えてます。ですけど、私は居住都市が3つしかなく行動範囲が狭いので、なんとも言えません。

それにしても、「ホッカイドーのコメはどれか?」という方、素晴らしいですね。
その方と似たタイプの日本人と会話しましたので、話のタネにお知らせします。
ご夫婦で諸外国のロックフェスに行く方の話です。ドイツなら英語がまだ通じる(しかも語学レベルは似たようなものなので、お互いブロークンで安心)けれど、チェコでは、少し田舎に行くとまるきり英語が通じない、と。買い物どうするんですか?と聞いたところ、自分たちが欲しいものを買う人が現れるまで待つ!!そして、日本語で「あれと同じもの頂戴!」と身振り手振りで伝える!!これで、欲しいものが買えてしまうそうです。

あ、表題の「絆」の背景ですが、わたしはこれがあるから、↓ と考えています。
http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/106/150/657/d00121557.html
***要点抜粋***
「無縁化する時代をどう超えるか」

 20年におよぶ社会の大きな変化は、人々の生涯、地域社会、仕事の世界を大きく変えつつあります。

 2030年には3人に1人は一人暮らしに、また、50歳男性の3割は一度も結婚したことがないという状態になる可能性があります。近年、頼れる身内のない人や相談できる友人や知人のいない人が増加し続けています。従来の社会保障や社会福祉ではカバーできない多様な課題も生じています。 少子高齢化が進むなかで、人と人との新しい関係性を作らなければ、私たちは生きられないでしょう。このような問題を具体的に考えてみましょう。
***引用以上***

ではまた~!

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プロフィール

ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
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