2017-10

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絆作りとしてのPTA

私たちはほっといても、いろいろな人と何かを通じて知り合う。
知り合った後、気が合えばだんだんと友達になっていく。
したがって知り合う機会が多ければ多いほど、より多くの人と友達になる可能性が増える。
そういう単純な意味では「PTAは絆作りに役立つ」と言えるかもしれない。

私が社会の中で働きはじめた昭和〜平成の移行期は一種の起業ブームであったのか、身の回りで会社を起こす人たちが結構たくさんいた。
そして友達同士で事業を始めると、友達でなくなってしまうケースをいくつも目にした。

別に管理者がいる上での使用人同士である場合、友情にひびがはいるケースはあまりない。
しかし、共同でマネジメントに関わろうとしたとたん、友情が壊れるケースは珍しくない。
それは、考え方の違いがモロにぶつかり、どちらの考え方を実業ベースに乗せるかでお互いの利害に直接響いてしまうからなのではないかと思う。ただ単に「どちらのアイディアを生かすか」という折衝−事業においては単なるプラン決定のプロセスにすぎないのに−が、その決定が及ぼす影響の重大さから、なにか勝ち負けのようになってしまい、人格を尊重されなかったという思いを産む。ということのようである。
根拠を示せるわけでもなく統計をとっている話でもないが、事業によって友情が壊れた件をいくつかそばで体験した身としてはそのように総括している。

人と人とはほんらい考え方が異なるものなのである。そこを吸収して乗り越えるだけの「捨てがたいメリット」でもない限り、友達同士で「事業」をやるのは慎重になった方がいいと思う。

逆もまた真なりで、たとえば会社という単位の社会のなかで、同僚が友達になることはあっても上司や部下が「友達」になることは通常ないし、あるいは同僚であっても例えばその上のポストが1つしかなかったりするシリアスな状況において「友達」になることはないだろう。

「友達」の概念もいろいろかもしれないが、少なくとも私にとっては友達というのは命令を下したり、なにかを強制したり、許可しなかったり、押しつけたり、自分が嫌なことをかわりにやらせたりする対象ではない。逆ももちろんで、そういったことを私にしてくる人がいるとしたら、「友達」という認識ではなくなってしまうと思う。
私にとっては友達は愛するもの、楽しく話すもの、思いやりを分かち合えるものでしかないし、そこがクリアできているなら、いろいろなものごとに対する考え方が私と違っても別にかまわない。というかいろいろな友達がいた方が面白い。そこに事業の論理をもちこみたくないのである。

「保護者同士」という関係を健全に結びたい場合、単純に「知り合い楽しむ場」を作るだけならよいのだが、PTAというお仕着せの事業を無批判に継承し、それがマストなものになってしまい、やれ委員長だ会長だ、やれ規約だ書式だ会計監査だとやり始めたあたりから、「絆作り」より「絆をぶっ壊す」ほうに働きはじめるような気がする。
仲良いふりして相互監視。すすんで手を上げるように見せかけて実は「高学年で重い役をやりたくないから」。辛い中無理して引き受けた人を尻目に「逃げ切ったー!」と快哉を小声で叫ぶ人…

私は、今年から「事業ごっこ」に加わることを拒否した。地域のつながり、助け合い、友達を大切にする気持ちを捨てたわけでもないし、絆作りを拒否したわけでもない。
PTAは「知り合うきっかけを作る」という意味では良い面を持つが、そのあと事業ごっこに否応なく巻き込まれるという点が「絆作りツール」としては私的にアウトである。
そういう理由もあり退会した。
そのような私に(退会したいとちらっとでも考えたことのある人の多くが、そうなるのではないかと恐れるように)今後友達がひとりもいなくなるかどうか、ゆっくり見極めたいと思っている。

コメント

こんにちは^^

>PTAは「知り合うきっかけを作る」という意味では良い面を持つが、そのあと事業ごっこに否応なく巻き込まれるという点が「絆作りツール」としては私的にアウトである。

全く同感です。
役員・委員を決める時に「役員(委員)は大変だけど、知り合いが増えていいよ~」と言う人いませんか?
私は役員をやって確かに“知り合い”は増えました。が、“友だち”はできませんでしたね~。
むしろ、役員を一緒にやった人とは会いたいと思いません。どこかで偶然会えばあいさつはしますが、喜んで話したいとは思いません。
役員を一緒にやったことによって、絆どころか溝ができてしまいました。

自分の意思で集まったメンバーではない、というのは本当にダメですね。

以前、ぶきゃこさんもおっしゃっていましたが、そもそも数百人規模の組織を素人が、しかも無報酬でうまく回すことなどできるわけがありません。普通に考えればわかると思うのですが・・・。

もうひとつ。どんな団体でも100%の加入なんてあり得ない、ということもおかしいと気づかないのかしら?とよく思います。
たとえ誰もが「それは良い活動をしている団体だ」と思うものでも、参加できない人や賛同できない人もいる。それは健全なことです。
ですが、PTAはそれを許さないという・・・。

あ!
役員をやって良かったことがひとつありました!
「PTAの正しい知識を得るきっかけを与えてもらったこと」
無知はよくないこと、ということもよく分かりました。

来年度の退会に向けて準備していきたいので、また色々とお話を聞かせてくださいね~。

こんにちは!

>役員を一緒にやったことによって、絆どころか溝ができてしまいました。

うぅ、私もそうなんです…
自分のイメージにかたくなにこだわって細部まで思い通りにしないと気が済まない人。
ミーティングに理由もなく毎回遅刻してくる人。
すぐに脱線して噂話を始める人。
他の部や会長の意向を異常に気にする人。
何でも先生に確認しないと進めない人。
計算ができない人。
決めたことも気まぐれで変更して他人を振りまわす人。
自分の宗教が支援している市議会候補への投票をすすめてくる人。

思い出すと、いろんなことを心の中で挙げてはマイナスの感情を持っている自分がいます。
でも、よく考えるとただ単に「友達」だったら、ぜんぜん許せる範囲だったりもするし、もしどうしてもイヤだったら距離を置けばいいだけのこと。
「いっしょに、事業をやらなきゃいけない」という「無理に束ねられた感」があるから、なにか粘着感のある腹の立ち方になり、憎悪に近い感情が生まれてしまいます。
向こうだって、私のことが色々気に入らず、大嫌いになってしまったかもしれません。
いっしょに委員をやる前は、普通に楽しく立ち話ができたのに…
嫌ですねえ。

>もうひとつ。どんな団体でも100%の加入なんてあり得ない、ということもおかしいと気づかないのかしら?とよく思います。

その通りです!
PTAにかんしては、すでに「自由化」を成し遂げている実例が全国にいくつかあります。
その状況を見る限りでは、10〜20%は非加入となるのが自然な数値のように私には思えます。
「全員参加でないと困る」みたいに言う人いますが、そもそも会員数自体が、自力で募集せず入学者任せですから毎年出たとこ勝負。しかも入学式で口座振替依頼書の提出があるまで児童のきょうだい関係が分かりませんから、新規保護者は未知数。それで2週間程度で総会という「やっつけ予算」です。それなのに「気ままに入ったり抜けられたりされたら事業予算も組めないしどれだけ大変になるかわかってるの?」などということを言う人がいるから変だな〜と。

と、ここまで書いて気づきましたが、もしかしてきょうだい関係とかって、入学前に学校側から提供されてたりするのかしら…怖っ!

>役員をやって良かったことがひとつありました!
>「PTAの正しい知識を得るきっかけを与えてもらったこと」
>無知はよくないこと、ということもよく分かりました。

なるほど、確かにそれはありますね!
役員をやらない代わりに疑問も持たず、とにかく過ぎ去ればいいと考える人も沢山いますものね。
まぁ、その心理をうまく利用しているとも言えますが。
全員が疑問を持ちはじめてやいやい言いはじめたら、本部さん大変そう…。
あ、お前が言うなって感じ? ほっほっほ。

思春期のガキみたいなこと言います。

絆。
「きずな」ねえ。「繋がり」と取るけれど、
「ほだし」やん。

自由な行動を妨げるものよ。

源氏物語のごとく、出家しなきゃ断ち切れない。

興味深い

「ほだし」
スミマセン^^;知らない言葉だったので、早速調べました。

絆。
「きずな」「ほだし」
どちらも“結びつける”という意味ですが「きずな」は肯定的な意味で、「ほだし」は否定的な意味なんですね。

「きずな」・・・人と人との断つことのできないつながり。離れがたい結びつき。
「ほだし」・・・人の心や行動の自由を縛るもの。自由をさまたげるもの。

いや~、興味深い言葉です。

それにしてもPTAや町内会は、ことごとく「絆(ほだし)」ですね。
無理やり縛られた集まりには希望がありません。

目からウロコで、思わずコメントしてしまいました。
ぽぽさん、ぶらさがり失礼しました~。

ぶらさがり二番(^_^;

「ほだし」
情にほだされ・・っていう使い方の「ほだし」であってますか?

いやぁ、実に日本語は奥深いというか、日常生活の中で使う語彙が少ないボク(-_-;

たいへん勉強になりました!
ぶらさがりコメント失礼しましたm(_ _)m

ほわぁ、私も知らなかった言葉です!
ぽぽさん、教えていただいてありがとうございます!

「絆」という言葉、昨年当たりからちやほやされていますが、ネガティブな意味も併せ持っていたんですね〜。
「きずな」「きずな」と声高に叫ぶ人は、要注意…です。

文科省にいる有名人を名指しで、彼の持論の意味と文科省見解の整合性について尋ねましたが、こちらについての直接的な回答はありませんでした。
http://bkk858.blog.fc2.com/blog-entry-43.html
ただ、それまでのおざなりな回答が、このメール以降ちょっとマシになったのは事実ですね。

すみません。思春期のガキのようなホザキ。

絆の名の下、お金徴収されたり、時間拘束されたりすることも
きっと意味あることなんでしょう。

私は、まだその意味がわからないですし、
誰かが儲かる仕組みなんだろうと思い、ケッタクソ悪いですが。

ぽぽさん、

>きっと意味あることなんでしょう
>私は、まだその意味がわからない

そうなんでしょうね。誰かにとっては。
でも私は、自分が何をするかは自分で決めたいと思っています。
意味のわからないことは、わかるまで尋ねます。
そうしないと、自分のやってることの意味がわからないですもん。

そういう者は日本社会では煙たがられることも多いので、他人様におすすめはしないですけどね…

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ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
ツイッターもあるヨ→@ bkk858

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