2017-10

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学校ルールは社会ルールではない

委員をやっていた時に命令された仕事のうちの1つに、「創立祭の時の喫煙者を注意する」というものがあった。
創立祭というのは子どもが学校周辺の道路をパレードのように練り歩く催しである。そんなに大きな道路ではないが、当然車の通行はできなくなるし、地域の方々も家から出てきて見物される。その人込みの中で喫煙をしている人がいたら、注意をするというものである。

喫煙をやめて欲しい、という気持ちはわからないではない。子どもの行事であるし、路上喫煙は良いマナーではないだろう。混雑するし幼児も多いから危険でもある。郊外市にはそれを禁ずる条例がないため違法ではないが、良い行いではない。それは私もわかる。

しかし、道路を占有して交通を遮り、騒音を起こしたり群衆を集めたりして社会に迷惑をかけているのは学校側ではないのだろうか。開催前に近隣に挨拶をして回れというならまだわかるが、喫煙者を注意しろとは…? 「なんの権限を持って言うわけですか?」と本部の人々に問うても「それは…そういうわけでは…」と答えはない。「子どもも多いし危ないですから。良いことではないし」と質問にかみ合わないお茶のにごし方しかされない。子どもの行事を観ながら路上でスパスパやる人なんていうのは、そんな「教育的指導」に素直に応じる人たちか? 私は嫌だ。そんな人の肩をたたいて「モシモシ、タバコやめてもらえますか」など言えるわけがない。その方が自宅前で喫煙しているだけだったらどうするのか。自宅前の道路で祭りをやって迷惑かけてるのはこちらである。

こういう言い方で表現として合っているかどうかわからないが、なんというか「学校ルール」を平気で社会に持っていってもよい、と考えている人たちが多過ぎるように思う。学校からの手紙でも、「運動会の競技中は、指定場所以外でのビデオ撮影はしません。」などと書いてある。なんだその日本語? 保護者も児童も同じかいな。だいたい「しません」って何よ。「してはならない」の意味で学校内でどうやら多用されている活用形らしいのだが、それを一般社会で、対等な大人に対し使っていいとなぜ思うのだろうか。

子どもの間近で路上喫煙は不快なことにはちがいないだろうが、校門を一歩でも出たら社会の物差しで測ることが必要であろう。路上の喫煙者に学校ルールの延長で「指導すべき」と考えてはばからない種類の人たちが、そしてそれに乗っかってひとすじの疑問も持たない「PTA」という団体が、私は何だか怖いのである。

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Author:ぶきゃこ
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母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
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