2017-08

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レストランのハッピーバースデー

まー何であれ組織や団体という物は、どうしても個人の意思というのは多かれ少なかれ塗りつぶされるものであろう。
会社然り。あたりまえだが「そんなことやりたくありません」がそう簡単に通る場所ではない。
義務教育の学校然り。文科省がかってに決めたプログラムを、全員あまねく修了せよというのであるから、もともと個性の尊重とは相性のわるい場所といえよう。

前者は入る自由も出る自由もあるから(人間お金を稼がなきゃいけないので完全に自由とは言えないものの)、まぁ自己責任でがんばるしかない。
後者は、私のような人間は子供のころからキライであったのだが、やはり人間社会が規律を持ったものである以上子どもに教育は必要であるので、多少の強制と、それに相対するがまんはしょうがなかろう。もちろん改善の余地は多々あるのだが…。

前者は自由意思での所属、後者は義務としての所属、とわけられるわけだが、この中間に属する
「義務ではないものの意思に関わらずいつのまにか巻き込まれ、賛同をしないわけにはいかない局面に追い込まれる所属性」というものが人生の中でとつぜん浮上してくることがある。

たとえば、本記事のタイトルだ。
あなたが家族と一緒に、何週間も前から楽しみにしていた映画を封切り日に観にいき、帰りにレストランで感想を交わしながら、いま給仕されたばかりの湯気を立てるアルデンテのパスタに取り分け用のフォークをつきたてようとしたその時、館内の照明が落とされる。
2ブロックほど離れたテーブルに置かれたケーキのろうそくがともされ、

♪ハッピーバースデートゥーユー

と手拍子がはじまる。
そして歌が終わった頃、ろうそくに顔を照らされた、全然見知らぬおじいさんが顔を紅潮させ、うれしそうにフーッと吹き消す。

♪パチパチパチ…

とレストランの客がみな拍手。

いや、いいんですけどね。
おめでたいですよ誕生日。
よかったね長生きして、おじいちゃん。

でもね、あたりまえだけどレストランって、いろんな人が来るんですよ。
うちみたいに、いまは映画の話をしていて、人の誕生日の話はしていない家族もいる。
パスタって茹で立ては1秒でも早く食べたほうがいいんだけど、それを目の前にして暗闇で手拍子をしなきゃいけないことを辛く思う家族もあるかもね。
でも、パスタをすぐ食べたいというリクエストが「身勝手」と思わされるような空気がレストランに流れちゃってるんだよね。

もしかしたら別なテープルでは、離婚したあとの養育権をどうするのか、料理にあまり手もつけずに話し合いをしてるのかもしれない。
ひょっとしたら別のテーブルでは、余命宣告された人が入院の前の晩、ささやかにポタージュを飲んでいるのかもしれない。
レストランはそういう場所。

誕生日はいいことだ。
誕生日はうれしいことだ。
誕生日を祝う人は、多いほうがいい。
しかしその一方で、大人なら、「居合わせた人のことにいっさい配慮なく、いきなり“お祝いよろしく!”と巻き込んでる」という認識も欲しい。
レストランでお祝いをやるなというつもりは毛頭ない、レストランでお祝いすることもあっていい。しかしここは自宅ではないんだけどね、ということも頭のどこかすみっこに置くのが「大人」なんだろうなあと思う。

リンクもさせていただいているThink!PTA!の掲示板の書き込みの一部に、地域自慢と思われる記述があった。
このトピの【4623】
不登校ゼロ、いじめなし、給食未納ゼロ、学力テスト県トップクラス、授業参観参加率8割以上、ガラスの予算を組まない(割られることがないため)、県警によると非行率最低水準の地域です。
という部分である。

この書き込みにたいする批判ではまったくなくて、「私の感覚・知覚」の説明をしているのだが、「不登校ゼロ」というひびきは肌に粟立つものがある。
不登校になることすら許されない空気、って怖く感じてしまうのである。

いじめなし、も怖い。
いじめゼロで、子どもは育つのだろうか?
いじめをしながら、子どもはやっていいこと、やってはならないことを学ぶのではないだろうか?(※)
教委に「いじめはありませーん」と報告出来れば、そりゃ晴天すみ渡ったごとくにスッキリさわやかな話だろうが、
「んなわけねーだろ」
という嗅覚をプロの教師が持てないというのは、なかなかに怖いことのような気がする。

※もちろん、学びの材料だからいじめをしてもいい、と言ってるわけではない。
 深刻ないじめはゼロのほうがいいに決まっている。
 しかし子ども(というか人間)が集団化すれば、現に普遍的にいじめはある。
 軽いいじめ行為を経験することで、その加害者のにがにがしさや被害者のつらさを学ぶ。
 程度問題もあるが、そうしないと学べない愚かさを人間は持っている、と思う。
 そんな馬鹿なことしなくても、最初からゼロなら一番いいじゃないか、と言われればそうかもしれないが、ちょっと現実的とは思えない。
 だから「いじめなし!」と断言する人は、ただ見えてないだけか、見ないことにしているだけ、の可能性がある。と言っているのである。

ましてや、保護者同士で交代で集金しあってるから給食費未納が無い、という状態はもはやホラーでしかないと私なんかは感じてしまうのだ。
誰の責任で集金してるのかわからない状態。
学校が欲しい金を、とつぜん集金して歩かされる理不尽さ。
保護者の相互監視。
怖い…。

さらにさらに授業参観率8割以上、というのもけっこう怖い。
参観しないという選択をするのは心理的に大変だろうなあと思うだけでなく、参観率ってどうやって算出してるんだ?という疑念もすぐにわく。
教師がカウンターをカチカチしながら授業してるんだろうか?
受付でクラス名簿に○をした数だろうか?
受付で○をつければ参観したことになるの?
きょうだいがいてあっちこっちのクラスに短時間ずつ行かざるを得ない人は、どういうふうに評価されるんだろう?
というかカウントされる、ということ自体が怖い…。

不登校の子がいないことも、いじめがないことも、給食費の未納がないことも、保護者がたくさん参観に来ることも、「いいことだよね!?」と言えばそうかもしれない。
しかしそのどこかに、レストランのお誕生会のような有無を言わさぬ暴力性がただよっていると感じてしまう。
ましてや投稿者のPTAが強制加入であると聞けば、もう心臓バクバクものなんだよねこりゃ。
「賛同しかねます」と個人が言うとしたら、いったい、どこでそんなチャンスが与えられるのであろうか?

こんなに「いいこと」に対してそう感じるなんて、私の感覚が、きっとよっぽどひねくれているのであろうなぁ〜。
こういう話を聞いてしまうと、「そんなに優良でもないごく並レベル」の今の土地で暮らしている自分に「たまたまだけどGJ!」と言いたい私なのであった。

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ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
ツイッターもあるヨ→@ bkk858

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