2017-08

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新年吐き出してオメデトウございます

ブログ読者のみなさま、新しい年が明けまして誠におめでとうございます。
本年もまたひきつづき、くだらない土台にくだらない飾りをのせた作文をこつこつ書いていきたいと思います。時々ワナワナとぶん殴りたくなることもございますでしょうが、どうぞこらえて何卒穏便によろぴくおねがいします。

@@@@@@@@@@

最近私のインナーチャイルドが「昔を思い出して腹を立てようキャンペーン」でもやっているのか知らないが、またしても自分の母親の所業を思い出してはじくじくむかむかと来ていたりするのである。

というのも、うちの夫は子どもを1ミリでもデカくしたいのか、子どもが「ごちそうさま」と言うと、必ずと言っていいほど「お代わりしないの?お代わりすればいいのに。もっと食べないと大きくならないぞぉ」などと言うからだ。

「ごちそうさま」とは「もうお代わりはしません」という意味であるのに、なんだってそんなわかりきったことを聞くのか、というかすかなイラッと感もある。
その証拠に、子どもが「ええ?それじゃあ、お代わりしようかな?」などと言ったことはない。100回同じことを聞いたら100回、ことわられているのである。
それに、「お腹が一杯のところにさらに詰め込んだら不快になるだけなのに、なぜそんなことを強いるのか?」という、子ども目線(のつもり)での嫌悪感もある。

子どもが自主的にお代わりをすることもある。その場合、「ごちそうさま」と言われて夫は黙るかというと、やはり「もっとお代わりすれば?」などと言うのだ。

こんなことでいちいち内心で腹を立てている私はおかしいんじゃないかという気持ちもある。
以前ニュースになっていた給食アレルギー事故でも、本人が自主的に望んでいないのに教師がお代わりを勧めてまわっていた、というポイントにも反応して腹を立てていた私である。

私は何故そんなに、お代わりのお勧めに過剰反応するのか。
勘のいい方はもうお気づきと思うが、そう、私の母親がまさにそういうヤツだったのである。

私はもともと食べることにあまり積極的な子ではなかった。という記憶がある。
ごはんの時間が嫌で、ちゃぶ台の前で正座して、全部たいらげるまで解放されない。という状況がいやでいやでたまらなかった。
私は食の細い子だった−−−しかしこの記憶自体、作られた記憶なのではないか?と最近思うようになってきた。
「全然食べないね」「もっと食べなさい」「がんばってあと1口」「おかわりしなさい。なんでしないの?」
などと失望感たっぷりの顔で毎食のように攻められたら、
「私は全然ちゃんと食べられない、だめな子なんだ」「私は食が細いんだ」と思いこまされても不思議ではない。

子どものころから私は本やパズルやトランプが好きで、あまり走り回ったりしない生活だった。子どもにしては物静かな日常なのだから、そんなにカロリーの高いものにガツガツ食い付くほうがおかしい。
ましてや、かなり大きくなってから親戚に聞かされたのだが、母は商売で出入りする人たちが幼児の私に次々に菓子をくれるのを止めることも制限することもなく、ひどい虫歯になっていたのに断ることもしなかったというではないか。
小さい体でそんなもん無制限に食べてたら、ご飯が進むわけはない。
幼い私は食が細くも何ともなく、きわめて正常な食欲を持ち、血糖値が上がっていればそれ以上むりやり食べられないという、ごくまともな反応をしていただけなのではないか?
私は何も悪くなかったのに、なぜあんなに食事のたびに罪悪感を背負わされ責められなければならなかったのか、よくよく考えると本当にハラがたってきたのだ。

本人がごちそうさまと言っているのに無理強いして、さらに食べさせることに成功したとして、それでハッピーになるのは誰なのか? 勧めた人は、パワーにより人の行動をコントロールできた快感を得ることができるかもしれないが、食べさせられる本人はどうだろう? 満腹の時にさらにものを食べて、美味しいだろうか? どんないいことがあるというのだろう? 苦しい、きつい、気持ち悪いだけではないか?

うちの夫のはただ儀式として言うだけだし、子どもにもスルーされてるので別にほっときゃいいのだが、うちの母親のそれは、父や兄も加担してきたので、もはや現代基準で言ったら完全な家庭内パワハラであったと思う。

その余波を引きずってか、私は青年期に「いま、モノを食べたいのか食べたくないのかが分からない」という症状になったこともあった。今ならさしずめ摂食障害という病名がもらえることだろう。もしかするとあれぱ食に関する自律神経が、乱され続けた結果ではなかったろうか? 「人間失格」に、空腹というものが分からない、みたいな表現があり、なんだか分かるなあと思った記憶がある。

※いちおう母の名誉のために付け加えると、母だけが異常だったわけではなく、昭和時代の田舎では「むりやりたくさん食べさせる」というのが最たるもてなし、相手への思いの表現だったりしたんですね。だからパワハラも、子ども愛のへたくそな表現ということにしておきましょうか。

コメント

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ぶきゃこ様 なんとか1月中なので言ってもよいですか?
どうぞ、今年もよろしくお願いします(^-^)/

最後の※と~ってもよくわかります(笑)
そして、今日の記事、今の我が家とちょっとシンクロ(爆)

長男が体力勝負の道に進むことになり
「身体をもっとデカくせい!」と、
マンガでしか見たことないような
てんこ盛りゴハンを 夫に食べさせられております~
お茶碗が空になると おかわりを継ぎ足されるので
心なしか ゆっくり食べているように見えるのは
私だけ? (^_^;)

あ、でも、彼もがんばって 肉つけなきゃ!
と思っているので、一応 合意のもと?
がんばって食べてます(笑)

ガーラさん、今年もこちらこそどうぞ宜しくお願いします!!(まだ1月^_^;)

マンガのてんこ盛りご飯って、ご飯茶わんの高さよりはみ出したご飯の高さのほうが高いようなヤツですか?ぷぷ。。。いなかっぺ大将みたいな(ウッ、誰も知らないか…?)
どんなモリモリ身体になるか、楽しみですね〜!

ブログのほうも拝見してきました!こりゃまた面白すぎる失態をやらかしてくれましたねPTA笑。
あれ、毎年職員室で内密に配ってたものなんじゃないですか?単なる「誤り」で、あそこまで完成されたフォームの手紙ができあがるわけないし。
本部役員にウッカリさんがいらっしゃったのでしょう。笑えます〜。
いや、住所まで勝手に教えるって、笑いごっちゃないんですけどね〜。

あ、いなかっぺ大将なつかしい〜!
キクちゃんと花ちゃんの闘い見てました。
ウチはおかわりをつけるのがめんどくて
8センチくらいのマンガ日本昔ばなし盛りにすることがあります。

匿名さん、非公開コメントありがとうございます!

いざ詰め寄られると「私は無関係」と逃げる教育関係者の多さには本当に呆れます。
教師、教育委員、校長、教頭…。
ほんとうに無関係だったら、こんなにPTA役員が学校職員ばりのハバきかせてるワケないっしょ〜が!人を舐めてるんですかね。

うちの校長も、PTAのことはPTA会長に聞いてくださいと言うその口で、「何がそんなにイヤなんですか?どうなれば、入会するんですか!?」などとわめいてました。
いやいや逆に、なんでそんなに「入会してもらわないと困る」のよ?って話です。
後ろめたいんでしょうね。後ろめたくないのに学校の長ともあろう方がわめく必要ないですから。
なにしろ栄えある周年行事に毎年ウン十万も積み立ててますし、何かと雑用にも困りますしねえ。そんなのはまだいいとしても、そもそもPTA活動から人が離れて低調になれば校長の評価に直接かかわりますから、「どっちだっていいですよ〜自由ですから」なんて口がさけても言うわけありませんね。
それなのに「無関係」とか、まともな神経があれば恥ずかしくて言えませんよ。

ちなみに「周知」という言葉の意味を、貴校PTAも、貴校も、まるで理解されていないようですね。
聞き逃してしまうような声で小さく「任意ですが」と1回つぶやいたとして、それが説明になっていると思っているのでしょうか。
消費者契約法の考え方でいくと、ただ表示した、ただ告げた、だけでは「説明した」とは言えないんですね。
弱者である消費者側が、きちんと理解できるまで、理解できる方法で情報を提供する、これを「説明」と言います。
わざわざ小難しい言葉を使うまでもなく、あたりまえのことですけどね。

PTA役員さんが心配されている、「PTAがなくなれば学校行事を手伝う人もいなくなる」は、的外れだと思いますよ。
うちの学校は、行事や授業の手伝いは(全部ではありませんが)保護者に対して都度募集してます。
別にPTAなくす必要なんてありません。学校がそう(募集)すればいいだけ。
手伝い募集やその仕切りが教師の負担で困ってるなんて、聞いたこともありません(苦笑)。
PTA役員さんは、なぜ「PTAはどうしても必要とされている」って思い込みたいんでしょうかね?

あと、役員さんには何か勘違いがあるようですが、学校行事や授業の手伝い募集は、教師の本業ですよ。
そういうお仕事も含めて、対価としての給料をもらってるんです。
手伝いがなければ実現しない授業なら、その手伝い人員の管理もふくめて仕事ですよ。当たり前じゃないですか。そもそもまったく、プロにとっては大した仕事ですらない。逆に、教師の能力舐めてるのでは? PTAのドシロート連中ができるような仕事は、教師は朝飯前ですよ。
彼らの言う「そんなことをしていれば本業に差し障り」の「本業」とは、何を指しているんでしょうね?
PTAはPTA行事をやってればいいんです、やりたいなら。学校側の社交辞令真に受けて、「私達PTAが存在しなければ学校行事や授業が成り立たない」なんて、聞いてるだけで恥ずかしいですよ。

これからまたPTA議論が盛り上がってくる時期かなと思いますが、年々、「まともな視点」を持った方が増えてきているように思います。
現役会員の方は、1年1年がシノギ(笑)かもしれませんが、無理しない範囲で、本当にご自分やご家族にとって価値ある時間を過ごしていただきたいと願っております。

8センチてんこ盛り〜w

ゴマさん、なつかしいですねまんが日本昔話!
それにしてもあれ、子ども向けとは言え、けっこう、容赦ない番組でしたよねー笑。
「牛鬼淵」っていう話が怖くて怖くて、しばらくトラウマになりました。。。

私は鉢かぶり姫の絵ヅラが怖かったです。。。

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ふぎゃこさん、こんにちは。卯月です。

非公開コメントへのお返事(02-01 15:46 )、私に宛てて書いてくださったのですよね?
ありがとうございました!

今回は公開コメントとして書きますね。
(またしても、「昔を思い出して腹を立てようキャンペーン」 と関係の無い話ですが、ごめんなさい。)

>そもそもPTA活動から人が離れて低調になれば校長の評価に直接かかわりますから

そのことなんですが、私が校長に、「もし、うちのPTAが市P連から脱退なんてことになったら、校長先生としては世間体が悪いですか?」 と尋ねると、
意外にも、「別に、そんなことはありませんよ」 と即答だったんです。

これ、校長の本心だと思いますか?

もし本心であるならば、うちのPTAのスリム化、そんなに難しくないと思うのですが。
(私の望みは、「入退会自由の周知」 だけであり、「スリム化」 云々は、任意であることを承知の上でPTA入会を選んだ人達が考えるべきことですけどね。)

>なにしろ栄えある周年行事に毎年ウン十万も積み立ててますし

個人的に、周年行事って要らないです。必要ないですよね?

周年行事を実施しない学校があっても奇異なことではないですよね?

非公開コメントでも書きましたが、PTAの本来の目的って、「保護者と教員が、共に学び合うこと」 ですよね?

「お金と労力を提供して、学校を支援すること」 は、オマケのようなものですよね?

ウィキペディアには、「導入時の歴史」として、

第二次世界大戦終戦以前、日本のPTAの前身は、学校運営を財政的労力的に支える目的の「後援会」「保護者会」、「母の会」等が組織されていた。
日本のPTAは第二次世界大戦後に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)の提案で半強制的に導入された。
PTAの導入目的は、教育民主化の一手段であり、一般成人に対して民主主義の理念を啓蒙することである。
しかしながら、当時の文部省等により強力にPTA結成が推進された。PTAの理念を理解することなく、旧来の団体の看板を掛け替えたところも多いという。そのため、日本ではPTA活動を自由意志ではなく、義務や強制で奉仕活動をさせられているという意識が強い。

アメリカによって強制的に導入させられたのだから、実際には保護者と教師が自主的に結成した訳ではなく、しかも、元々、各学校に存在していた 「後援会」 が、「PTA」 に名前を変える形で発足した。

アメリカは、「後援会」 から 「PTA」 へとリニューアルすることで、その目的も 「学校の支援」 ではなく、「民主主義の理念の啓蒙」 に変わることを期待したのかもしれないけど、 文部省の意図は違ったのでしょうか?

名前は 「PTA」 に変わったけれど、その中身は、既存の「後援会」。
日本は敗戦直後で貧しく、国は充分なこと出来ないのだから、引き続き保護者が労力を提供し、学校を支援する団体として活動してほしい。

…そして平成の今も、日本は財政難。保護者(と教師)はPTAに協力し、金銭面でも労力面でも、行政が賄いきれない部分を補ってほしい、ということなのでしょうか?

だとすれば、

PTAって、本来は、「保護者と教員が、よき大人として成長することを目的に学び合う、生涯学習サークル」 ですよね?
学校行事のお手伝いって、PTAの本来の目的ではないはずですけど…


この私の発言は、やはりトンチンカンだったのか・・・?

>PTA役員さんが心配されている、「PTAがなくなれば学校行事を手伝う人もいなくなる」は、的外れ
>何か勘違いがあるようですが、学校行事や授業の手伝い募集は、教師の本業ですよ。
>そういうお仕事も含めて、対価としての給料をもらってるんです。

そうか、行事の手伝い募集も、教師の本業。。。

でも会長さんだけでなく、校長先生も仰ったんです。
「手伝い募集を教師が行うことは負担が重く、本業(児童への教育)が疎かになってしまうから、PTAが無くなると困る」って。

校長にも、「手伝い募集=本業」 という認識が無いようです。

>手伝い募集やその仕切りが教師の負担で困ってるなんて、聞いたこともありません(苦笑)。

私も今まで散々、PTAについてネット等で調べていますが、そんな話は聞いたことなかったので、「えっ!?」 と思いました。

でも確かに、学校が主体となってボランティア募集するより、PTAの役員と委員が、「毎年恒例の、決まった仕事」として手伝ってくれる方が、教師にとって楽なのは確かだと思います。

うちのPTAの主催事業として、「環境整備」 というのがあります。学校の大掃除のお手伝いです。

PTA主催ということになっていますが、学校も、「保護者が大掃除を手伝ってくれると助かる。手伝ってくれなきゃ困る」 とアテにしているのでしょう。

私は子供が低学年の時、学級委員をしました。学級委員は、本部役員の下請けとして、各クラスの保護者に宛てて、環境整備への参加の可否を問う手紙を出し、期日までに返事を回収し、参加すると言ってくれた人に、どの場所を掃除してもらうか、役割分担を考えて (学級委員自身はトイレ担当!)、分担表を作成して配布して・・・なかなか骨の折れる、大変な作業でした。

環境整備にしろ、運動会の手伝いにしろ、こういう作業を教師が行うとなると、確かに大変でしょうし、不器用な教師であれば、この作業に時間を取られ、授業が疎かになってしまうことが有り得るかもしれません。
「大変でも、その対価として給料もらってるんだから頑張るべき!」 なのかもしれませんが、わたし自身も不器用な人間ですから、あまりエラソーなことは言えない。。。

私個人としては、「手伝い募集なんて、教師にとって大変すぎる。どうしても無理」 というのであれば、学校行事(運動会やマラソン大会など)は縮小しても廃止しても構わないですよ、思うのですが、それは冷たい考えなのでしょうか?

教師には、「授業」 に専念してほしい。「手伝い募集」 という作業に煩わされるのは良くない。

でも学校行事の縮小・廃止なんて、子供たちが可哀想。運動会もマラソン大会も、子供たちは楽しみにしてるはずなんだから!

保護者が手伝うべき!そのために、PTAが必要。

でも 「入退会自由」 ということになれば、やはり役員・委員にはなりたくないものだから、参加しない人が出てくる。そんなのズルイ!

だから全員強制参加でなければダメ!
(…自動入会や活動強制は違法であるというなら、「任意性の周知」 は必要かもしれないが、「法的には任意であっても、倫理的には義務である」 と認識し、加入率100%であるべき。)

そして、クジ引き等で役員・委員に当たってしまった保護者は、運命と受け入れて、学校行事を盛大に実施できるよう頑張って手伝う・・・それが、学校にとっても子供たちにとってもベスト!

…校長は (多くの保護者も)、こういう発想なのでしょうか?

あるいは、「役員になりたくない人が多いのは、無駄な活動が多すぎるから。どんどんスリム化して、『学校行事の手伝い』 など、本当に子供のためになる有意義な活動だけになれば、役員に当たっても負担はそんなに大きくないし、やりがいもあるだろうから、入退会自由を周知しても、ほとんどの保護者が参加してくれるはずだ」

…これは、現状のPTAに批判的な人の中の、「改善重視派」 の発想ですね。

でも私は、 「なんだったらPTAなくてもいいんですけど派」 だから、これにも共感できない。
非公開コメントの中でも書きましたが、私の気持ちは、過去記事コメント欄での、ふぎゃこさん・ChiChiMaruさんの御意見と同じなので。

◎「保護者にとって必要なこと・児童生徒にとって必要なこと・学校にとって必要なこと」 を、「PTAのありかたの話」 とまぜて語ることに違和感がある
◎「これはいらない、あれもいらない」 とカットして、「どうしても重要なことはここだから、PTAをやるならこの部分で」 … じゃなくて私に言わせれば、PTAって 「別にいらないこと」 をやるのが本来だから、「どうしても重要なこと」 に登場してこないで欲しいのですよね
◎PTAは、任意で参加する団体にしか過ぎず、したがって任意参加でも成り立つ活動しかできないし、すべきではない
◎PTAは任意団体なのだから、どうでもいいことしかやっちゃいけない。重要なことは、学校及び設置者が責任持って当たらなければならない

◎PTAは「保護者と教師が家庭教育、学校教育について考え、語り合う場」です。「こどものために何かを・・・」ではない。お花畑的な発想と思われるかもしれませんが「保護者と教師、大人どうしが本音で語り合い、刺激?を受け、気づき?を得え、成長する場」 (ChiChiMaruさん)

それから、今回の意見交換の中では出なかった話ですが、お金のこと…

やはり校長先生としては、「労力」 だけでなく 「お金」 の面でも、 PTAが衰退・消滅したら困るのかな。

「学校行事を手伝ってくれる保護者ボランティア募集」 だけでも負担が大きいというのだから、「 『PTAには頼れないから、もっとお金を出して下さい』 と、行政と交渉」 する余裕なんて、ある訳ないのでしょうね。

PTA会費が無くなり、行政もお金を出してくれないなら、学習環境が悪くなっても仕方ないんじゃないの?
あまりに酷くなれば、行政も何とかするでしょう。
カネならPTAに出してもらえば良いじゃん、と舐めてるから、行政はお金を出さないのかもよ?…と私は思っていますが、これも突き放しすぎの、冷たい考えでしょうか?

★市P連を脱退しても構わないという校長の発言、本心なのか?

★周年行事を実施しない学校があれば、変ですか?

★PTAの本来の目的とは? (生涯学習? 学校の支援?)

★「手伝い募集」 作業、どうしても教師の負担が重いのならば、学校行事は縮小・廃止ではダメなのか?

★PTAが無くなり、行政もお金を出さないなら、学校運営はどうなる…?

★ついでに、「環境整備」について。
ふぎゃこさんのお子さんの学校、「環境整備」 ありますか?
私の小学校時代は、先生と児童だけで大掃除していたんですけど…。
保護者が大掃除を手伝うこと、必要でしょうか?
確かに高い場所の掃除など、児童だけでは行き届かないだろうし、そういう場所すべて先生が掃除するのは、「負担が重い」 のだろうけど…。
先生と児童だけで頑張ってほしい。完璧に掃除できず、ある程度は汚くても仕方ないんじゃないの?、と私は思うのですが、ダメですか?

これらの点について、ふぎゃこさんのご意見、良かったらお聞かせいただけませんか?

また長々と書いてしまって、すみませんでした。

環境整備

環境整備うちもあります。

でも、考えてみてください。例えば地域の「公民館」「図書館」「市役所」などの公共施設、利用者が集まって掃除しますか?
もちろん、利用者が自分たちが使ったところを通常考えられる掃除をするのは当たり前だと思いますが、大掃除をさせるところはないと思います。
学校も同じじゃないですかね?
普段の掃除はもちろん児童がやるのは当然かと思いますが、児童がやれない大規模な大掃除は「業者」にお金払ってやるもんでは?

私は特殊教育学校(旧養護学校)に勤めていましたが、掃除は子どもたちではできませんので全て業者でした。子どもたちの掃除と言えば自分たちが使っている机を給食前に台拭きで拭くくらいのもので、教師がする掃除も教室を軽く掃くくらいのもの、廊下もトイレも全て業者が掃除です。

お世話になったから恩返しをという気持ちは分からないでもないですが、それって押し付けるものではないと思っています。

卯月さん、さやさやさん、コメントありがとうございます!

校長の評価についてですが、東京都で言うと「東京都区市町村立学校教育管理職の業績評定に関する規則」にもとづいて、おもに教育委員会によって「公正かつ科学的な人事管理」をされていることになっています。
肝心の評定書の様式については、私は開示されているものを知らないのですが、評価基準のベースを知る資料として「東京都教員人材育成基本方針」が発表されており、その中で、校長に求められる能力として「学校経営力」「外部折衝力」「人材育成力」「教育者としての高い見識」の4つが掲げられているんですね。
その4つを掲げる根拠として「教育活動の取組とその成果を地域から評価され、地域から選ばれる存在となる」ことが大目標としてすえられているわけですから、「学校経営」「外部折衝」「地域との協働・地域からの評価」などの観点から、PTA活動の充実ぶりは非常に便利でわかりやすい評価根拠とされていることが容易に推測されます。

上部団体加入自体は、評価にひびくというよりも人脈上の問題かと思いますので、校長によっては自分の学校の単Pが脱退しようが知ったこっちゃない人もいるでしょうが、PTA活動自体が低調でもまったくかまいませんという校長は少ないんではないかと思います。まあ個人の性格もあるでしょうが、ひとくちに言って、「不便」ということだと思います。

周年行事、私も要らないと思いますよ。以前にもどっかで書きましたが、私立はともかく、公立学校は国の設置基準があって税金で設置している公的施設です。消防署や交番の周年行事がありますか? 公立保育園の周年行事なんてのも聞いたことがありません。
ただ問題は、要る要らないではないんですね。「要らない!」という主張をするなら、要る人々と要らない人々との争いごとになってしまいますね。そうではなく、周年行事というオプションをやるなら、強制加入のPTA会費を積み立てるのは非常におかしいねという話なんです。
PTA問題・学童保育父母会問題・自治会町内会問題・青年団消防団問題・労組問題・ジェンダー問題、いろんなものに通じることなんですけれども。
ずいぶん大風呂敷の話になってしまいますが、自由と民主主義を守るためには、多数が少数に強制して良いことというのは国家の責任において慎重に限定されなければならないと私は考えてるんです。日本は特に、ムラ論理がまかりとおりやすい土壌がありますから。
これは「私の考え」というよりも、私が憲法をそういうふうに理解しているということです。その理解が間違っているなら、私が住む国を間違えたということになりますかね笑。

PTAの定義ですが…
任意団体ですから、どんな活動目的をすえようが自由だと思います。導入した当時の思惑も私は知りません。しかし、現時点で、PTAが学校に入り込んで活動出来る根拠法が社会教育法と学校教育法しかないのです(それすら、現状を担保する根拠になっているのかどうか…私はクエスチョンマークですが)。
後援会もよろしいと思いますが、公民館などで活動し、寄付なら寄付で正当な手続きして欲しいですね。入学式で錯誤させて知らぬ間に入会させたり連絡先を学校にするなど、滅茶苦茶な話です。

校長先生が「教師の重い負担」とおっしゃっているのは、具体的に何の行事の手伝い募集でしょうか?環境整備ですか?
学校の大掃除は、さやさやさんもおっしゃっていますが施設管理ですよね。日々の片づけや机拭きなどは使用者が当然やるのが通念かもしれませんが、大がかりな清掃や管理はあたりまえですが設置者の仕事です。本業の有る保護者に「来て掃除しろ」というのもおかしければ、その管理を教師がするのもおかしいですよ。私が「教師の本業」と言っているのは授業や学校行事の手伝い募集です。
そんなことまで教師の仕事になっちゃったら、教師の業務は児童教育じゃなくて学校というサービス施設全般の従業員になっちゃいますね。教育のスペシャリストとして高い給料払ってるのに人件費の無駄遣いです。
施設管理を怠って逃げているのは、保護者でも教師でもなくて設置者である市区町村では??

運動会は学校行事ですが、うちのほうではPTAの手伝いはパトロールやお茶だしであり、もともとなくても構わない部分です。行事を縮小する必要すらありませんが、縮小するかどうか自体、保護者の考えることではないと思います。

あとお金ですね。
教育に必要な予算を十分なだけ獲得するのは苦労するから、何も知らない保護者からならとりやすいから、PTA会員ということにして会費という形でとっちゃえ、という発想がはたして許されていいものでしょうか?
「なぜ、意思も問わずにお金をとられなければならないの?」という質問に対して、「あっちはとりにくいから、お前からとることにした。」と言われて納得いく人っています?
どうしてPTAは平気で「行政からのお金じゃ足りないから、保護者からもらわないと」みたいなことを言うのでしょう?そしてそれに納得する人がいるのでしょう?
自分の子供がかわいいのはほとんどの親がそうだと思いますが、「だから足りない学校にお金を出すわよ。あなたも出すわよね。みんな出すわよね!?」は、公私混同ってもんです。
保護者が出す出さないにかかわらず、子どもは教育を受けなければならないし、そのための法整備であり予算組みなのに…。

最後に、当地に環境整備という名の大掃除があるかですが、中学校のほうはありますね。ただ強制的な割り振りはないです。可能だったら来てくださいという程度です。
昔、学校が荒れていたときに、PTAが協力して学校をきれいにしたら荒れがおさまったという経緯で毎年やっているそうです。
環境がきれいになれば荒らす子は少なくなる、という理論自体には同意なんです。ただしかしだからこそ、何年何十年たっても、市教委側が非行防止の一環としての清掃管理予算を組まず、保護者に丸投げし続けているというだらしのなさには唖然とします。さすが、近年まで自動加入PTAを便利に使っていた学校です。

ふぎゃこさん、さやさやさん、ありがとうございました。
御礼が遅くなり、すみません。

>PTA活動の充実ぶりは非常に便利でわかりやすい評価根拠とされていることが容易に推測されます。
>上部団体加入自体は、評価にひびくというよりも人脈上の問題かと思います

そうですね。この二つをゴッチャにして考えていました。すみません。

>校長先生が「教師の重い負担」とおっしゃっているのは、具体的に何の行事の手伝い募集でしょうか?
>環境整備ですか?

いえ、校長は具体例として、運動会とマラソン大会を挙げました。

「入退会自由を周知すべきという卯月さんの意見は正しい。でも周知して、PTAに入る人が激減し、現在のような活動が出来なくなったら、どうする? 運動会にしろマラソン大会にしろ、PTAの手伝いが無ければ、規模の縮小や廃止を余儀なくされてしまう」 と仰ったので、

「私個人の意見としては、別に縮小・廃止になっても構わない」

「でも、それが嫌なら、保護者ボランティアを募集して、運動会やマラソン大会を手伝ってもらえば良いのでは?」 と言うと、

「募集の手紙を出したり、ボランティアの役割分担を考えるのは大変。そんな作業に手間や時間を取られたら、本業が疎かになってしまう」 との返答だったのです。

※校長は、教師の本業は 「児童への教育(授業など)」 だけ、との認識のようです。

環境整備の手伝い募集について触れたのは、私自身が学級委員を務めた時、PTA本部の下請けとして、「クラスの保護者に宛てて、環境整備への参加の可否を問う手紙を出し、返事を回収し、参加してくれる人の役割分担を考え、分担表を作成して配布」 という作業を経験したのですが、なかなか大変だったので、

確かに校長の言う通り、もしPTAが衰退し、運動会とマラソン大会をPTA役員・委員に手伝わせることが出来なくなれば、教師が 「保護者ボランティア募集と、その仕切り」 をしなければならなくなるが、それは大変だろうな、と思ったからです。

でも、それも含めて教師の本業であり、その対価としてお給料をもらっている、ということですね。

周年行事や、お金のこと、環境整備のこと等も、お返事ありがとうございました。

お二人の御意見を伺って、私もまだまだ勉強不足と分かりました(恥)

来年、中学校では、最初からPTAに入らないぞ!と思っているのですが、もっと理論武装が必要ですね。

頑張ります!

卯月さん、ありがとうございます。

運動会とマラソン大会ですか〜。それらはウチの学校にもありますが、手伝いの募集や割り振りがそんなに大変だとしたら、なにかがおかしいかもしれません。
マラソン大会は、各クラスから有志保護者を2名ほどずつ募り、それを担任が副校長に報告して、副校長が割り振るだけ。自分の子供の走り番が手伝いタイムにならないようにするので多少頭はつかうかもしれませんが、たいしたこっちゃないです。毎年やってるんですからパターン作業です。
はっきり言わせてもらえば、ウチの学校で出来て、卯月さんの学校で出来ていないとすれば、もうしわけないですが卯月さんの学校の教師や管理職が無能なだけだってことになっちゃいますね。ま、行事に関しては教師は指示通りやるだけなので、校長や教頭ということになるでしょうが…。

「募集の手紙を出したり、ボランティアの役割分担を考えるのは大変。そんな作業に手間や時間を取られたら、本業が疎かになってしまう」

この思考回路はですね、その作業を「そんなのPTAの仕事じゃん」と思ってるから出てくる言葉なんですね。
自分たち(教師や学校職員)でなし得ないような事業を計画し、他の職業の人々に「やってもらわないと成り立たない」と堂々と言う発想、おかしいと思いませんか?
小学校の学習指導要領の、「健康安全・体育的行事」の項目を見ると、
心身の健全な発達や健康の保持増進などについての関心を高め,安全な行動や規律ある集団行動の体得,運動に親しむ態度の育成,責任感や連帯感の涵(かん)養,体力の向上などに資するような活動を行うこと。
とあります。
ようは、これが満たされればいいんです。それを遂行するのに、「親がやってくれないと無理〜」ですと? 甘いんだよ!できないならできる方法考えろ。と私は思います。地域住民招いてお茶を出さなきゃいけないとか、来賓用のテント張らなきゃいけないとか、パトロールしたり自転車整理しなきゃいけないとか、子供に配る参加賞がなきゃ駄目とか、どこにも書いてない。
保護者の皆さんもできればお手伝いお願いします、ならかまいませんが、行事を盛るだけ盛っておいて、あなたがたがやらないと成り立たない、は明らかに、これまでの慣行に寄りかかってるだけですよ。

校長のおかしな言い分に巻き込まれていらっしゃいませんか? 環境整備のとりまとめが大変だったから、校長も大変だろうな、と考えること自体が「巻き込まれ」てます。卯月さんはその年だけの手伝いで経験もないし、無償で自分の時間を割いてやってたことですよね。それは大変で当然です。校長はたっぷり給与もらってますし、学校に必要なことならそれが業務なんですからやって当たり前です。同じてんびんにかけるほうがどうかしてますよ。

でもね、それをそのままストレートに言ってしまったら、単なる喧嘩になってしまいますから。
自分が気が進まなければ、押しつけボランティアは断る。これだけでいいと思います。
人手が思うように集まらないときにどうしたらいいか。これを考えるのは校長の仕事です。なにもPTAや各保護者が、校長の仕事を引き受ける必要はないですし、逆に引き受けて口出したらおかしなことになっちゃいますからねー。

身の丈をしらないと

卯月さん

校長も自分であほなこと言ってると気づいてると思います。
ぶきゃこさんがおっしゃるように、運動会で大変なのは「子どもの世話」ではないはず。来賓の接待も、来賓用のテントも、自転車の整理も全て「大人の世話」じゃない。そんなもんなくても運動会はできるんじゃないですかね。ありがたい来賓の挨拶とか、来賓の観覧がなければ運動会はできないんですかね。そう思います。
「なんだ。接待がないじゃないか」とか「自転車が整理されてない!」とか苦情がくるかもしれないけど、その時こそ「児童の運動会です。マナーを守って大人がよい見本となってください」って言えば良いんじゃない。

ちなみに、うちの子のマラソン大会は、学校募集ボランティアです。PTAが動員かけて集めた時はものすごくマナーが悪く、コース(田舎なので田んぼ道)を児童を蹴散らしながら見守りポイントにくるPTA会員続出で、学校募集に代わりました。純粋にお手伝いしようという方ばかりなので、マナーもよく好評です。

ふぎゃこさん、さやさやさん、ありがとうございました。

そうか、「巻き込まれ」 てたのですね、私…

うまく反論できなかったことが、今更ながら悔しくなってきました(T ^ T)

>自分たち(教師や学校職員)でなし得ないような事業を計画し、他の職業の人々に「やってもらわないと成り立たない」と堂々と言う発想

そう、校長の言い分の中で、いちばん引っかかってモヤモヤしたのが、この 「他の職業の人々に」 という点でした。
(喧嘩したくなかったので、黙っていましたが。)

PTA活動を強いられる保護者の多くにも、職業があるのです。

「手伝い募集と、その仕切り」 は、教師にとって大変で、“本業” が疎かになる!?

ならば保護者は、PTAの役員や委員に当たってしまったら、その活動の為に、本業が疎かになっても構わない、仕方ないというのか!?

(たとえ専業主婦であっても、真面目な主婦の方にとっては、PTAのせいで家事を手抜きせざるを得なくなるのは耐え難いらしいです・・・私のようなズボラ主婦はともかくとして。)

実際、PTA会長さんは、私との話し合いの為に校長から呼び出され、わざわざ市外の職場から、仕事を抜け出して来て下さいました。
(私は、お忙しいだろうし悪いから、今すぐじゃなくても良いですよ、と言ったのですが。)
話し合いに時間がかかった分、確実に、仕事にしわ寄せが行ってしまっているはずです。

>校長も自分であほなこと言ってると気づいてると思います。

気付いてるのかな~?

ずっと 「保護者は学校に奉仕して当然」 という意識でやってきて、それが染みついてしまっていて、
本当に 「アホなこと言ってる自覚」 が無いようにも思えます。。。

なんだか校長に、うまく丸め込まれてしまったようで情けないですが、保護者の中に少なくとも一人、現状のPTAに強い問題意識を持っている人間がいるということは、校長に分かってもらえたと思います。

来年、中学校PTA非加入に向け、更なる理論武装に努めたいと思います!

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Author:ぶきゃこ
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会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
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