2017-08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

わっしょいの暴力

祭り、というイベントがあまり好きではない。

と歯に衣着せずに書いているが、本当に悪気はない。人の邪魔をしようとか、人の価値観をサゲようとか、人と闘いたいとか、そんな発想はみじんもない。「祭りやるなんて物好きね」と言いたいわけでもない。祭りは、自由にのびのびとやっていただいて一向にかまわないし、タイコの音がやかましくても、楽しんでおられるのだろうから、そんなことでいちいち文句を言いたいとも思わない。

しかし、私はあまり好きではない。
売られている食べ物の質も好きではないし、安っぽい玩具や当て物も見ているとなぜか気分が下がってくるし、そもそも騒音や人ごみが好きではないし、ゴミがちらかっていたり山積みになっていたりするのも見るに耐えない感じがして心が重くなってくる。

子供はまあ、祭りは好き…というか、ドンチャカやっていればそれはムードにつられて行きたがるかもしれないが、なきゃないで、「最近お祭りないね?やろうよ!なんでないの?お母さんPTA会長になって、人集めて祭りやってよ!」とまで言うわけではない。
しかしどこかで祭りがあり、行ったら行ったで巻き込まれ、せっかく来たんだからやらなきゃ損、とばかりに、大して欲しくもない景品くじに並んだり、すぐゴミになる玩具を買うために小さい子を押さんばかりにして興奮状態になっているのを見るのも、本当は好きではない。

そういう意味では、祭りを開催する側というのはむしろまず「はた迷惑なものやらかして失礼します」くらいの意識を持つのが順当なんではないかと思ったりもするのだが、そんな謙虚な人にいままで会った事もないのがこれまた祭りの不思議なところである。
「手伝いもしないくせに、子供は行かす」
「どんなに準備が大変かわかってるの」
そんな非難の声、聞いた事ないだろうか?
うちのほうではPTA主催の祭りがないので自分は直接言われたことがないのだが、他校のPTA会員から、PTA主催の祭り準備に参加しない保護者に対するそういう風な陰口を聞いたのも一度や二度ではない。
公共場所でドンチャカやっていれば子供が来るのは当たり前。はた迷惑を謝るどころか、つられて来る子(というよりその親なのだが)を非難する思考回路が私にはどうにも理解しがたいのだ。

祭りに消極的な親を、あたかも「子供の楽しみを奪って平気な親」のように人格攻撃するのも、悪いがいかがなものだろうか。
「子供のため」を考えるとき、
①栄養の有る食事を食べさせよう
②規則正しい生活をさせよう
③有害な情報から遠ざけよう
④体を動かして遊べる環境を作ろう
などの方針と同じように、
⑤お祭りを開催してあげよう
という方針が私の中で立つことは絶対にない。
「子供のため」と「子供が喜ぶから」は違うと思っているし、お祭りは「子供が喜ぶから」やる人がいてもかまわないとは思うが、「子供のためにやるべきこと」ではないと思っている。
変な例えだが、コーラや菓子パン、スナック菓子を無制限に自由気ままに食べさせればそりゃ子供は喜ぶだろうし、たまにそういう伯父さんや近所のばあちゃんが居たとしても目くじらは立てるまい。
子供のうれしそうな顔を見るのは心地良い体験だ。しかしそれと、「だからやってあげなきゃならない」という使命感を持つかどうかとはあまり関係がない。

祭りなどのような「ひとときの楽しみ」や、コーラや菓子パンを否定するつもりはないのだが、「子供が喜んでるよ!やってあげなきゃ、与えてあげなきゃ親として駄目でしょ」と他人に言われる筋合いもないような気がしてならない。①〜④のようなことを私が怠っているのであれば、注意されても仕方がないとは思うが。

この記事の目的は何なのだろうか。自分でも良くわからない。たとえば、「祭りは楽しいに決まっている」「祭りは子供のためである」という価値観がゆるがないこういう人に、このような価値観もあるのだ、ということを伝えたいのかもしれない。私は過去に、何度かそういうことを伝えようと試みたのかもしれない。しかしその試みを何度もシャットアウトされたのかもしれない。そして私はパワフルな保護者集団であるPTAを脱けた。

私が子供の頃、学校ではネクラとかネアカという言葉が流行り、明るくわいわいとやることは良いことで、家で静かに過ごすのを好んだり友達が少ないのは暗い=良くないことだという価値観がひろく共有された。その子供たちが大きくなって今、PTAや自治会の構成員になっていることを考えると、PTAや自治会の正確な法的立場が折りに触れて報道されるようになった世の中を嬉しく思うとともに、危険な「きずな万歳」思想が何の罪もない小さな人々を「傲慢」呼ばわりして傷つけないよう、私は祈るばかりである。

コメント

hira-toorisugariの住んでいる地区には、神社の夏祭り、自治会の夏祭り(7-8月)、PTA主催の学校祭り(10-11月)、公民館祭り(2月)があります。神社の夏祭りは昔ながらの屋台があり、それ以外は手作り感たっぷりの内容です。そして育成会、PTAはすべてにからんでいました。祭り一つでもお母さんたち動員されて大変だと思いましたが、地域のためらしいです。

hira-toorisugariさん、こんにちは!
御地ではそのような種類のお祭りがあるのですね。それにしてもすべてに育成会・PTAが動員されるとは苦笑ものです。私思うんですけど、自治会とはコミュニティ形成がその存在意義なのではないでしょうか? 他団体に動員かけなきゃイベント出来ないんだったら、イベント企画に見合うコミュニティ形成が出来ていないということなのですから、威張るなよ、な〜んて。努力すべきは自治会であり、PTAが自動加入なのをいいことに当然のごとく労働力としてアテにされても困ります。「子供が地域で世話になってるんでしょ」という下品な脅し文句が使われていないことを祈りますが。

こちらでもPTA主催の学校祭り以外は似たようなお祭りはありますが、自治会や神社の祭りにPTA労働力が流用されることはないですね。公民館系祭りは、もともと児童対象祭りなのでPTAや学童父母会経由で動員はありますが、ま、当日ちょろっと半日ぐらい行くだけなのでそんな大したことはないです。プランニングの段階から巻き込まれると大変です。

どういうルートで手伝いを頼むにしろ、「親として当然でしょ」「手伝わないなんて身勝手」みたいな態度でこられたら、「もともとそっちがはた迷惑なことやってんの分かってんの?」と、そりゃ喧嘩になりますわな^_^;

絆作りの必要性がいろんなところで議論されていますよね。そうかもねと思う一方、自治会の活動は総会と防災訓練、街灯が切れてるなどの連絡以外、必要あるのかなと思いました。炎天下、熱中症に注意しましょうと言いつつ、お祭りをする(市長が挨拶に来た)より、好きな人同士、サークル活動でお好きに盛り上がって下さい、とも。

お祭り関係では、自治会の委員が親戚だったり、地域の青年団に所属しているなど、いいところを見せたい保護者がいて大変でした。被害を受けている母親間で、不要な喧嘩、冷戦多発で、やりきれなかったです。考えることが苦手って人も多く、話し合いはできなかったです。わいわいするのが好きな人ばかりではないんですが。市から自治会を含めいろんな団体に補助金がでていて、報告しやすいのがお祭りなんでしょう。お祭り以外の絆作りもありましたが、なぜかいつも同じ顔ぶれ。メニューがあっても、すべての行事に任意参加を認めない雰囲気のため負担が増えるだけのようでした。日時、内容等、すべての決定権があったのは、子ども会がクリスマス会と歓送迎会、PTAでは本部、学校が意見を言える学校祭りでした。あとはシニアの言うなり。みんなで楽しみましょうという文章が虚しかったです。
わけわからないうちに保護者の善意を利用し、(子供をたてに)抜けられないパシリにするのは、教育機関を利用して活動している団体としてどうなんでしょう。学校、上位団体がきちんと最初に任意加入の説明をすれば、こうするものなのよーと言い張る頑なな保護者と、保護者同士、学校への不審感が少し減るのではないかと思います。ただ、今困っているのは末端の保護者のみなので、学校、上位団体が困るまで変わるのには時間がかかると思っています。(長くなって済みません)

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

匿名さん、こんにちは!コメントありがとうございます。
おっしゃる通り、自治会が事業助成を受けるためには、ただ単に自治会があるだけじゃなくて活動の実態がなければなりませんから、むりやりにでもイベントはやらざるを得ないのですよね。
防災訓練などはあっても良いと思いますので、防災チームとしてだけの自治会なら加入してもいいかな〜くらいに思うのですが、大抵の自治会は「やりすぎ」になり「役所的な権限があると勘違い」になっていきますからね。
「祭りは、地域のためなんだ!全員参加!」と鼻息荒くする分子が出ても不思議ではありません。
「自治会があるから助成がもらえて、自治会館だって建てられる」と、助成をトクなことみたいに言う人もいますが、建物なんて建てた日には、半永久的に管理が続くわけで。子孫の世代にいらないって言われたらどうするんだろうね。解体費子供に払わせるの?よく考えれよって気がします。
街灯なんか、市役所に直接言えばすぐに交換してくれますよ。そのための管理部署があるんですから。自治会通したらワンクッション入ってそれだけ対応が遅れるでしょう?
総会に至っては、自治会があるから発生している仕事で^_^;

祭りも、楽しみたい人の集まりならなんも問題ないんですが、動員し始めると当たり前ですがストレス集団になりますよね。

>わけわからないうちに保護者の善意を利用し、(子供をたてに)抜けられないパシリにするのは、教育機関を利用して活動している団体としてどうなんでしょう

はい、パシリはけだし名言と思います! 私もいつも、PTAの上から目線を謎に感じているひとりです。
当市は自治会については「なんちゃらかんちゃらに役立つので、加入を支援しています」という表現をしています。しかし、PTAについては「加入を支援しています」などとは絶対に言いません。「加入しないのもアリ」だってことがバレたら困るから。
自動加入PTAというシステムは国ぐるみの詐欺といってもかまわないでしょう。原発でも、製薬でも、そんな詐欺はどこにでも転がっています。自分の頭で考えるということを大切に、私も子育てがんばっていきたいと思います。

長文書き込み、全然かまいません!でも次回からハンドルネームはつけていただくようお願いいたします^o^

ハンドル名をつけ忘れて投稿してしまいました。ぶきゃこさんのコメントうれしかったです。hira-toorisugariより。

あっ!なあんだ、hira-toorisugariさんだったのですね!
失礼しましたv-344

この記事を読み、私がとても共感した過去記事 「絆作りとしてのPTA」(http://bkk858.blog.fc2.com/blog-entry-81.html) を思い出しました。

私が教頭に、「入退会自由を周知しないのか?」 と直談判した時、(←結局、未だに返事は貰えていない…)

「そもそもPTAって必要ですか? PTAが無くなったら、学校は何か困るんですか?」 と尋ねたんです。

すると、「まぁ、そうですねぇ…学校にとって必要というか、こうやってPTA活動をすることで、お母さんたち同士の親睦とか絆ができますよねぇ…」

親睦とか絆とか、「入退会自由」 を隠匿し、騙して入会させて活動させてまで、必要ってもんじゃないでしょ!(怒)

>単純に「知り合い楽しむ場」を作るだけならよいのだが、PTAというお仕着せの事業を無批判に継承し、それがマストなものになってしまい、やれ委員長だ会長だ、やれ規約だ書式だ会計監査だとやり始めたあたりから、「絆作り」より「絆をぶっ壊す」ほうに働きはじめるような気がする。

まったく同感です。

そして、今回の記事。

>危険な「きずな万歳」思想が何の罪もない小さな人々を「傲慢」呼ばわりして傷つけないよう、私は祈るばかりである。

「きずな万歳」思想が危険、というのも、その通りだと思います。

それを裏付けるような話を、昨日の朝日新聞で読みましたので、ご紹介しますね。
(既に御存知かもしれませんが)

http://www.asahi.com/articles/ASG8Z3JY9G8ZUCFI001.html
http://www.asahi.com/articles/ASG8Z3JYBG8ZUCFI002.html
(デジタル版にも載っていました。無料会員登録で、1日3本まで記事を読めます)

☆☆☆☆☆

徳島県の旧海部町 (隣接2町と合併して、現海陽町)は、年齢分布の影響を除去した自殺率の指標で、、「平成の大合併」前の全国3318市区町村で、8番目の低さ (30年間平均値)。「島」以外の自治体では一番低い。
人口10万人あたりの自殺者数 (同)で、両隣の旧2町の26・2、29・7に対し、8・7という極端に低い数値。

町には、自殺の危険を高める因子(病苦、経済問題など)は他市町と同程度、存在した。
ならば 「自殺を予防する因子」 が何かあるのではないか、と
大学院生だった岡檀さん(おか まゆみ 現・和歌山県立医科大学講師)は2008年に町へ行って調べ、
その研究成果を 著作 「生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある」 (2013年・講談社) にまとめました。

例えば、旧海部町では 「赤い羽根募金が集まりにくい」 「老人クラブ加入率が低い」 という現象。
ほかの事例と突き合わせて分析すると、他人と足並みをそろえることに重きを置かず、いろんなタイプの人がいたほうがいい、と考える町民気質が浮かんだ。

旅館の主人が言った 「病(やまい)、市(いち)に出せ」 という言葉。
「病」はトラブルや事業不振も含み、他人への迷惑を気にせず、やせ我慢はやめ、早めに弱音を吐けと勧める言葉で、昔から町にあった。
「うつ受診率が高い」 という、自殺率の低さと矛盾しそうなデータも、早期の受診にあまり抵抗がないと見れば合点がいく。

調査で得た知見は、この国の自殺を減らす新たな対策につながる可能性があるとともに、人間の「生きやすさ」への多くの示唆も含んでいる。

(岡さんの話)

旧海部町と自殺多発地域の別の町のアンケートを比べてみると、付き合い方の違いがはっきりと現れました。
「日常的に生活面で協力する」 がその町では44%なのに、旧海部町は16・5%しかおらず、逆に「立ち話程度」 「あいさつ程度」 というあっさりした人が80%以上。ゆるい結びつきが多かったのです。
他人に関心はあっても、監視ではないという言い方もインタビューで聞きました。

自殺予防には 「絆」 「人とのつながり」 が重要であるとよく言われます。
ただ、同じように 「絆」 と言っても、自殺多発地域の町では、緊密な人間関係ゆえにかえって、悩みや弱みを人に見せて助けを求める行動がしにくい、という面も明らかになりました。
「絆」 という聞こえの良いメッセージだけでわかったような気になってはいけないと痛感しました。

隣の旧2町に比べ、「自分を不幸せだと思う人」 の割合が一番低く、「幸せでも不幸せでもないと思う人」 がもっとも多かった。
「幸せかどうか」 は世間や他人と比較した上での相対的評価、基準に拠(よ)る面もありますね。その意味では、お金持ちになったとか、子供がいい学校に入ったといった、その基準の上がり下がりに左右されることのない、「どちらでもない」 という状態を、心地よく感じているのかもしれません。
他人との比較の中で 「幸福にならなければ」 と必死になっているような人が少ないとも解釈できます。

「ケ・セラ・セラ (なるようになれ) 」 という人生観なのか?…それとは違うと思います。
個人主義ではないんですね。みんなが自分のことしか考えなければコミュニティーは破綻する。
自分が堅苦しく生きていきたくないと思えば、相手の多様性も尊重しないといけない、というように相手を含めて考えるという特性が、この町の独特の歴史の中で、長い年月にできてきたと思います。

江戸時代の初期に材木の集積地として隆盛。職人や商人など多くの裸一貫の移住者が訪れ、発展してきた町です。だから今でも周囲の農村型コミュニティーと違っています。
多様性を尊重しなければ共存できないという 「損得勘定」 から、生きづらさの元となる要素を取り除いていき、それが今のコミュニティーの雰囲気をつくってきたのではと思いました。

<結論> 五つの自殺予防因子

★いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい
★人物本位主義をつらぬく
★どうせ自分なんて、と考えない
★「病」 は市に出せ
★ゆるやかにつながる

いま青森、京都、奈良にある「自殺希少地域」を対象に調査をしていますが、青森など自殺率が高いと考えられている県にも「希少地域」があることを指摘して、驚かれています。旧海部町とも共通する特徴が少しずつ見えてきています。

☆☆☆☆☆

「絆作り」 の無理な押し付けは、害悪でしかないということですよね~

卯月さん、大変興味深い記事のご紹介ありがとうございます!
書籍のほうも、ぜひ読んでみたいと思います!

三丁目の夕日にあこがれる弁護士先生にもこの記事、ぜひ読んでいただきたいですねえ。しょうゆの貸し借りをする間柄が理想的に語られるときもありますが、それに付随して「病」も抱え込むことにもなりかねない、という結果が現実として示されているように思います。

自殺予防には絆…ほんとうでしょうか。
家族にも防げないのが自殺、あとから「そういえばあれが予兆だったのか」と家族が悔やみ嘆くのが、自殺というものではないでしょうか?
家族の絆が出来ていなかったから、自殺に追い込んだのでしょうか?
そんなことを遺族に言える人がいたら、逆に凄いと思います。
言わんや、近所のおせっかいくらいで、自殺が防げますかね?
逆に追い込む事なら、ありそうですが…。

孤独感が人を自殺に追いやる事は、要素の1つとしてはたぶんあると思います。
でも他人と束ねられれば孤独感をなくせるというのも、これまた短絡的な発想ではないでしょうか。
束ねる事より思いやる事の方が「つながり」だと思うのです。
相手を含めて考える、ということができていれば、無理に押し付けたり巻き込んだりはしないはず、できないはず。卯月さんは、とても鋭い事をおっしゃっていると思います。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

匿名(10日)さんへ

非公開コメントどうもありがとうございました!

専業主婦の中にも賢明な方はたくさんいらっしゃいますが、たまに賢明といいがたい方がいた場合、専業主婦という生活環境が原因で、考え方を社会的に適正な方向に修正するチャンスを失ってきたのだろうな、と感じるケースは確かに一定割合ありますね。
また逆も真なりで、会社でポストを与えられてるおじさんが、会社以外のコミュニティで女性に対して秘書かお手伝いさんのような目線で指示したり、えらそうに説教垂れる姿もよく見ますね。若い頃、その手のおやじに「はぁ?」とストレートに不快な顔をして、鼻白まれたこともあります。
おのが身を知って物を言うという事は大切ですよね。
PTAにしろ自治会にしろ、「しょせんは勝手に集まって勝手にやってる行事」くらいのことはただしく認識してもらわないと、被害者意識まき散らされてたまりません。

リンク先のブロガーさんも、決して悪い方だとは思いませんが、フランクに意見交換できるまでにはかなり道のりが遠そうなので、結局避けて通るであろう(笑)私です。

匿名(18日)さんへ

非公開コメント、どうもありがとうございました!

祭りにもいろいろな役割があるもんだな〜と、新しい視点をいただいた気分です。
基本的には、祭りというのは「ふるまいもん」だと思っているので、会費払ってないだの、手伝ってないだのと参加者を区別するようなケチなことするんなら、最初からやるなよと思ってしまうんですよねー。

景気をつけて豊漁なり豊作なりを願ったのが祭りの発祥でしょうから、勘定ざたは合わない気がします。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

« ホーム »

プロフィール

ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
ツイッターもあるヨ→@ bkk858

最新コメント

最新記事

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク

このブログをリンクに追加する

検索フォーム

月別アーカイブ

カテゴリ

PTA非会員日記 (108)
備忘・やりとりの記録 (68)
学校の謎 (16)
雑なモロモロ (34)
ごあいさつ (2)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。