2017-06

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

一個人主義者(かなあ?)として

ヤフーちえぶくろというところは、めちゃくちゃな質問にめちゃくちゃな回答とかも、昔の奴まで無検討無修正でずーっと掲載されていて、「知恵袋」を称するにはちょっとアレなのではないかと思うときもあるのだけれども、これはこれで人間同士のハダカ勝負として読み物にするには、コントロールを加えている読売系の発言掲示板とは違ってなかなかリアルに面白いものがあるのである。

「どうしてPTAの役員をするのが、嫌なのでしょう?」というQAがあって、もう5年以上も前のものであるがまったく内容は褪せていない。回答もなかなかシャレたものがあり楽しめる。

今日なんでこのトピックスを引用してきたかというと、ちょっとその中にあった
(役員を嫌がる人は)個人主義過ぎると思う
という表現にちょっと「ほう??」と思ったからである。

個人主義というのは、まぁようするに、「個人としての存在・意思・価値観を尊重する」ことからはじまり諸々のことを考えて行く思想であって、「社会との調和より個人のワガママ勝手を通すことが大事」という思想ではないわけですよ。そういうのは利己主義とかっていうのではないのかなよく知らんけど。

私は基本的に「個人としての意思決定を尊重されなければ人はまともに生きられるようにならない」という考え方がベースにあるのでそういう意味では個人主義者なのかもしれない。
しかし、「まともに生きる」という概念の中には「社会規範を守る」ということもトーゼン入っとるわけです。
社会規範とは何か?
Aさんは、こうするのがいいと思う。
Bさんは、ああするのがいいと思う。
Cさんは、どちらも良くないと思う。
という「個人の意思」が無数に集まって形成されているのが社会なわけなので、それをある程度調和させるために最低限ナニカを決める必要があるわけですね。それを規範と呼んでおります。
世界のほとんどすべての国で、規範を「法律」というかたちで表現しており、日本ももちろんそう。
「人のバッグをひったくっても、オレ的には全然問題ないと思うんだ」といくら主張しようとも、個人の意思に反してタイホされ投獄されちゃうわけ。
個人主義というのは、社会規範の存在を否定したり対立するものでも何でもないわけですね。
なぜなら、「バッグをひったくられずに平和に通りを歩きたい」という個人の意思は、社会規範のバックアップがあって初めて保証されるものだから。
皆が個々勝手に自分の意思や願いをとなえているだけなら、それは社会とは言わんわけです。

さて話を最初にもどして、このちえぶくろのhさんはいったいどのようなことに困って質問を投稿されたのか。
主張を整理してみると
①PTAは必要だ。
②それなのに役員を嫌がられる。
③それは自分の子供のことだけしか興味ないからだ(←このあたりで個人主義という発想が出てきているものと思われる。)
④そんなに時間も取られないのに。
⑤人間関係が煩わしいだけか?(←推論)
となっており、最も重要な問題点、ちえぶくろに投稿するほど困っている点は、言うまでもなく②であるものと思われる。

hさんは、「個人主義」という言葉を「原始的利己主義」つまり、「個々勝手な願いを押し通すことを是とし社会規範を無視する考え方」という意味で使用しているように思われる。
つまり、「役員をやりたくない」人々と「役員をやらせたい」自分との意見の対立、というふうには捉えておらず、「役員をやる」ことが社会規範の一種である、というふうに捉えているように思われるのである。

では、②を解決したい、つまり「PTAの役員を皆が嫌がらずに引き受けて欲しい」という願いは、どういった類いのものであるのか?
PTAは任意団体であるから、会員は必ず役員を引き受けろという内規があるのであれば、それを果たさない会員は規約違反会員ということになる。除名処分なり違約金請求なりすれば良いと思う。
つまり、「会の中の揉め事」である。
※PTAを語る上で欠かすことのできない、「多くの場合、そもそも正当な入会契約を結んでいない」という重大要素はこの際、ピントがぼけるのであえて置いておこう。

ようするに、「個人主義」を本来の意味で理解しようが、「原始的利己主義」という意味で理解しようが、どちらにしたって「役員やりたくない」は社会規範に反するものでもなんでもないという簡単な話なのだ。単に、規約を理解していない人を入会させた失敗とか、入会した会員に規約を理解させ服従させることに失敗したとか、そういう単純エラーに帰するものであるわけだ。
何をどうねじ曲げようと、たかがPTAの役員やりたくないくらいで、個人主義などというたいそうな言葉をもってくることはないし、あたってもいない。
それほどまでにずれまくってる「個人主義」という言葉がサクッと他人の非難のためにつかわれている、というところに異様な空気を感じて私は「ほう??」と思った次第なのであった。

自分で言うのもなんだが、「PTAは任意団体です」と口がくさるほど言ってる私なんてぇのはすっごい規範主義だと思うんですよねえ。

コメント

利己主義と個人主義は本当に使い方が大切ですね。

ぶきゃこさんの指摘通りですね。

今回は置いておかれましたが、そもそもPTAに入るとも言ってないのに、何故役員を引き受けないのかと言われても、という感じですね。

私は以前PTA会長に言ったのは、「役員をしたり、PTAの活動に協力できないなら迷惑だから退会してくれ。と言ったらいいのではないですか?」

すると無言でしたが。結局役員のなり手がいないと組織が機能しなくなることが困るということなんですよね。もともと主義主張の問題ではないですね。

義勇兵さん、コメントありがとうございます!

>そもそもPTAに入るとも言ってないのに、何故役員を引き受けないのかと言われても
はい、ここの手順誤り(あえての手順無視?)は、最も諸問題の根源となっている部分ですね。

>「役員をしたり、PTAの活動に協力できないなら迷惑だから退会してくれ。と言ったらいいのではないですか?」
ぷっ^w^まったくの正論です。PTAが猫なで声で保護者を欺して入会させなきゃいけない大きな理由の1つに「誰でもいいからとにかく役員にしなきゃいけない問題」ががあり、冷静に常識で考えればこれがいかにめちゃくちゃなことかわかります。

ちなみに、利己主義と個人主義の違いについて語っている人を他にも見つけました!
http://school.gifu-net.ed.jp/kaku-hs/pta/98.pdf
このPTA会長は「個人主義とは他の個人の主体性と自由をも尊重することである」と素晴らしい理念を述べられています。ここのPTAは、まかり間違っても自動入会や、抱き合わせ引き落としや、欠席くじ引きや、非会員家庭の生徒への差別などは行っていないに違いありません。「共同作業に加わらないヤツは勝手なヤツだ」みたいなことを書いておられるような気も一瞬したのですがきっと気のせいでしょう^o^

なぜ役員が必要か?

いつも思っているのですが、なぜ役員が必要なのでしょう?
子どもの幼稚園ではPTAが廃止されて幼稚園が行事ごとにボランティアを募集します。まぁ、応募する人の面々は一部固定されていますが、そういった方がリーダーを引き受けてボランティアをまとめます。
純粋にやりたい人が集まっているので多少のことは無理してでもやってくれる方が多いです(家で深夜まで衣装を作成したりね)
要はみんなを束ねる人が欲しいんでしょ?私は幼稚園のリーダーをやったことがあります(今でしょ!)けど、みんなやりたくて集まっているので、指示もすぐ通りますし、リーダーだからといろいろ被っていることも「私もできるからちょっと仕事をよこしなさい」などと言って自主的に肩代わりしてくれる人もでてきます。
が、PTAは基本的に一部を除いてやりたくない人の集まりだから、指示はとおらないし、リーダーがある程度の仕事を持っていてもみんな知らん顔ですもんね。そりゃやりたくない仕事ですよ。文句は言われても感謝されることはほとんどないですもん。
PTAが「ボランティア」団体としてやっているのなら、それなりにリーダー候補生も出てくるって思うんですけどね。

結局、リーダーになってくれる人がいないから全員をリーダー候補生にする目的で強制的に入会させるのが間違っていると思うんですよね。個人主義とか利己主義とか関係ないな、というのが私の考えです。

役員という形で固定したがるのは、「ひょっとすると行われないかもしれない」という状況が非常に困るからなんでしょうね。
どうしてそんなに定例活動を担保しなければならないのでしょうね。
今年、うちの小学校は本部役員が決まらず大変らしいのですけれども、誰も引き受けなかったら休止にしたらいいんじゃないのかなと思います。
休止にしたら、何が、だれが困るんだろう? 少なくとも「引き受けたくない」と言っている人々、ではなさそうです。

やりたくて集まる(自律的)
のと
いつのまにか集まらされる(他律的)
のとでは、
活動のクオリティが全く違いますね。あたりまえなのですが…

連投スミマセン(^_^;) 
あちこち 読ませていただいてます。
あぁ~本当にそうだなぁ…と思いました。

自分の意見をもてずに寄りあつまる人ほど
個人主義を目の敵のように言われますが
利己主義と一緒くたになってますよね!

私は、束ねる仕事はそんなに苦ではないので
学校の外でもあれこれ役員やることありますが
習い事とか、サークルとか、
どこかに同じ目的をもって集まった人なので
忙しくても苦労にはなりません。
PTAも任意で好きな人が集まったら
楽しく有意義な活動ができるのに…と
本当に思います。

そして、いろいろ経験して非会員になられた方の
ブログを読んで思うのですが
地域も、規模も、やり方も違うPTAなので
みんな同じ結論にいきついて非会員になるんだなぁ~と(爆)

最近でこそ、新聞やTVでいろいろ言ってくれるようになり
いい本も出始めましたが、
そんなもの見なくても、まっこうからPTAを見つめた人は
みんな同じ結論にいたるのだ…というところが
非常におかしいですよね♪ (´∀`*)

そうですよね!子供を入学させて、入学手続きの一環だと思ってPTA会費納入も済ませ、クラスに行って懇談会かな?と思っているといきなり「役員」の話になる…?
そこで、「え?何の話?」と違和感を感じる人は、だんだんPTAと学校の実態がわかってくるにつれ、似たような結論にいたっていくのかな、と思います。
違和感を感じないタイプの人もいるだろうし、違和感を感じても、そんなことでわずらわされたくないタイプの人(とにかく1回やればいいんでしょ?ごちゃごちゃいわずにサッサと済ませればいいじゃない的な)もいるでしょう。
でも、一度でもきちんとまじめにこの問題に取り組んでみよう、と考えた人なら、同じ結論にならざるを得ないですよね。だって、どこがおかしいのかは明らかですもん。

子供がからんでいるので、なかなか単純にガチンコ勝負と行かないところや、「親としての倫理」観につけこんだPハラが、問題を長引かせているんだと思いますね。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

« ホーム »

プロフィール

ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
ツイッターもあるヨ→@ bkk858

最新コメント

最新記事

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク

このブログをリンクに追加する

検索フォーム

月別アーカイブ

カテゴリ

PTA非会員日記 (108)
備忘・やりとりの記録 (68)
学校の謎 (16)
雑なモロモロ (34)
ごあいさつ (2)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。