2017-05

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ステップ省略理論(理論てほどでは)

世の中には不条理を不条理としてありのまますんなり受け入れられる人と、可能な限り抵抗してその現象とか法則とかの起因するところを「わかろう」とする人の2種類いると思うのだが、私などはそういう点においてはきわめてしつこい後者−−つまり「探求型」「追求型」「粘着質」の人間であるといって良い。そういう意味では、慣習にもとづいて行動し、それ以上のストレスを受けたくない人たちにとっては一種迷惑な「撹乱屋」ともなりやすいので気をつけねばと思っているところである。

そんな私がはさみやペンなどと同じように身近に置き、何かにつけて便利に使っているものに「ステップ省略理論」がある。
それは、理解しづらい現象があった時、ステップ1とステップ2の間には、実はステップ1.1とかステップ1.5とかがあって、そちらのほうにこそ、目に見えるステップよりも理解し易くて明確な根拠をつかむ糸口がかくされていると考える解釈である。
もっと短い言葉で言うと、目に見える現象は目に見えないステップが省略された結果である、というだけのことなんですが。

たとえばスーパーで「ママお菓子買ってぇ〜」とねだった子供がいるとして、その母親らしき人が「ふざけんじゃないわよ!」とあたりに聞こえるようなドスのきいた声で怒鳴ったとする。
居合わせた人は、「子供なのに、お菓子を欲しがったくらいであんな対応をするなんて…。ひどい親だ」となるにちがいない。
しかし、もしかすると実は、15分で買い物を済ませなければならない状況であって、しかもほんの10分前に
「ママお菓子買ってぇ〜」
「いいけど、ご飯のあとにできる?」
「ヤダヤダヤダーいま食べたい」
「いけませんよ。ご飯食べないなら買わないよ」
「おばあちゃんはいつも買ってくれるよ!ママきらい。ママいじわる。ママオニババ」
「いじわるでけっこう。わがままな子にはあげません」
「ウェ〜ン(お菓子を握りしめる)」
「あっ、買ってもいないのにダメ!戻しなさい」
無理矢理手を放させるが、お菓子がぐちゃぐちゃになっている。
「もう!こんなになったら、買わなきゃいけないでしょ!」
と怒りつつカゴに入れ、この菓子をあげては示しがつかない…かと言って食べ物を捨てるのも教育上どうか…と頭を悩ませているときにもう時間が迫り、あせりながら子供の手を引いてレジに並んでいるときに、レジぎわに吊るしてあるお菓子を見て発声したのが冒頭の「ママお菓子買ってぇ〜」
かもしれない。
と私は思うのである。

母親がいきなり怒鳴るという、一見不可解な現象であるが、ステップを補充すれば十分に理解可能な範囲となってくる。

子供を怒鳴っている理由をいちいち周囲の人に説明する責任もなかろうが、もし人に何かを理解してもらいたいとしたら、そのあいだのステップを面倒だからと省略せずに十分補充してあげる必要があると思うのだ。
そこに至るステップを開示できないで、とにかく結論だけを押しつけてくる人がいたら、それはうさんくさい人だと思っていいと私は決めている。

うちの子たちが卒園した保育園の保護者会が、私が保護者として居た頃から不要発言していた地域の連合体をついに脱退したという話を聞いた。
そして、その関連団体の長がそれを受け、「保育園の保護者会は仕事などで忙しい保護者さんの集まりです。時間がないのはわかります。せっかくの休みに召集されて会議などに加わらなければならない負担感もわかります。でも、子供に何が必要かと考えると、やはりそうした活動はなくてはならないものだと思うのです。」
という、どうステップを補充したらいいのかわからない声明を発表していた。
牽強付会、という四字熟語が頭をかすめるが、いやいやきっと、彼女は彼女なりにきちんとステップを経てそういう結論に至っているに違いない。
とはいうものの、その「結論」をひろく理解してもらうためには、やはりステップの説明をし、それの一段一段が理にかなっているものであるかどうか、十分に質疑に応答する用意をする必要があるのではないかと思う。

なにかというと「ご理解下さい」が得意な学校や行政や、このブログでさんざんにこきおろしている某団体なども、ひとにものをわからせたいならそこは怠慢しないほうがいいよと思う私であった。

コメント

聞いてみたい言い訳

引き止めるために会長が言ってきた
>でも、子供に何が必要かと考えると、やはりそうした活動はなくてはならないものだと思うのです。

というのに揚げ足取りまくりですが、「どういった活動がなくてはならない」のですか?魅力がなく、必要ないと判断した私たちの判断のどこがどのようにおかしいのでしょう?子どもに対応する時間を奪われることの方が私たちは問題だと判断したのです。

言ってみたいぃ~。

>でも、子供に何が必要かと考えると、やはりそうした活動はなくてはならないものだと思うのです。

ここが結論で、あとは全部枕詞、とわたしには思われます。
なぜ、そう思うの?と連合体会長に突っ込みたいです。

結論以外の選択肢は、連合会長の頭にはないかも。視野を広げてほしい。あるいは立場がそういわせているのかなぁ?会費収入でなりたっている団体ですしね。金のことしか頭になく、口だけできれいごとをいうなら、やだな。

子どもが小さいうちは、親御さんが忙しいならなおのこと、お子さんとしっかり向き合ってほしい、お家をあたたかいものにしてほしいと私は思います。その基盤がなりたったうえでの保護者会ならよし、連合活動は負担をますだけなので、なお不要だと思います。

子供にとって、保護者にとって何が必要か、必要でないかは他の人に強要されるものではなく、自分たちで決めるものであることが分からない方がいるので困りますね。

「保護者会やPTAにどう関わるか、関わらないかは自由であり、仮にそのことによって困ったとしても自己責任だから、誰にも責任転嫁しないのだから構わないで欲しい。」

と考えているのが分からない会長さんなんでしょうね。

皆様コメントありがとうございます!

さやさやさん、ズバリそう言ってみたいですよね。自分が正しいと信じてやってることから人が離れていくと、失望と怒りがわくのは心理的にはわからないでもないのですが、それを「でも、そこは個人の自由だものね」ときちっと線引きできないところが、なんだかなー社会性大丈夫かなーと。

猫紫紺さん、連合活動も、負担にならずモチベ高くやるならそれなりに意義があるのでしょうが、当番制でいやいや休みを潰されてる感覚では、会議をしても「早く終われ」しかなく議論も高まらないのですよ。まぁ、そうなっちゃいますよね。だったら家で子供との時間を持ったほうがよっぽどいいというのは、まさに仰る通りだと思います。

義勇兵さん、たぶん会長は長らく頑張ってこられたので、「やらない人は頑張らない人だ」という単純法則しか思い浮かばないのかもしれませんね。何を頑張るかは人それぞれ、という当たり前のことが普通に共有される世の中であってほしいものです。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

« ホーム »

プロフィール

ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
ツイッターもあるヨ→@ bkk858

最新コメント

最新記事

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク

このブログをリンクに追加する

検索フォーム

月別アーカイブ

カテゴリ

PTA非会員日記 (108)
備忘・やりとりの記録 (68)
学校の謎 (16)
雑なモロモロ (34)
ごあいさつ (2)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。