2017-06

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たまには読書感想文

この連休に、高山文彦「『少年A』14歳の肖像」を読んだ。
本自体は、読むのは数回目だと思うのだが、数年ぶりに読んだ今回は、なぜか今までとは違う感想が湧いてきた。

「少年A」は、凶悪猟奇事件の犯人であるが、そのようなことを引き起こした彼の人格形成の大きな要因として、「母親の厳しいしつけ」が挙げられている。そしてそれは疑いようもないものとして、この本でもあたかも既定事実のように語られている。

事件自体はおぞましく許しがたいものであり、弱者を狙った犯行として世間の怒りをかったのも当然のことだと思われる。また、未成年者による犯行であれば親の「保護監督責任」が問われるのも当たり前だと思う。

可愛い児童が亡くなっている話でもあり、冷静に見ろと言われても無理な話かもしれないが、しかしここはあえてちょっと第三者の目で見たい。
著者の高山氏(そして多くの日本人)は、「異常な行いをした子どもを輩出したのだから、あの家庭は異常な育て方をしたに違いない。いや、そうでなければならない」という結論にむすびつけんがために、あの家庭の内情を、まるで見てきたかのように語っていないだろうか?

Aの父母が書いた「悔恨の手記」も出版されており、そちらも読み返してみたが、素直に読めばAが発達障害の一種なのではないかという感想にたどり着くものであった。同時に父母ともに、こう言っては何だが「鈍感力」がキツすぎるのではないかと思う記述箇所も多かった。周囲では有名な話となっていた動物虐待行為についても父母ともに「まったく気づかなかった」、あるいは他の数々の兆候についても「気にも留めなかった」の連発であり、子どもを信じるという美名のもとに疑いから目をそらし、責任を果たすことを怠っていたのではないか…という疑念もわく。

ただ、それがすべてそのとおりであり、子どもへの信頼という名を借りたイグノランスであり怠慢であったとしても、鈍感力がひどすぎるとしても、幼少時にイラついて多少叩いたとしても、それが思春期になってからの猟奇殺人行為につながるというのは、やはり一種の悪い巡り合わせだとしか思えなかった。
なぜなら、そんな親は世の中に掃いて捨てるほどいるからである。私自身も含め、そんなほめられた子育てはまるでしていない。
子どもが悪事を働けばとうぜん「監督責任」もとらなければならないことは承知の上での子育てだが、「そんな育て方をすれば殺人者になるに決まっているでしょう!」というようなことはしていないつもりだ…そのつもりで日々くらしている。

Aが恐ろしい罪をおかしたことについてAの母親に全面的に原因があるという人がいるなら、ぜひその人に、彼女の子育てのどこが具体的に悪くて、どのようにすればそうならなかったのか、ということを詳しく述べて欲しいと思う。
そうした情報は、多くの母親が非常に知りたがっていることなのではないだろうか?

しかし高山氏の著作も、いろいろな深みのありそうなことが、母親を厳しく断罪する口調とともに書かれていながらも、そのような具体的な検証はいっさいなかった。
「母親は自分ではそんなに厳しくしたつもりはないと言っているが、実際には虐待にちかいことが行われていた」というような記述があるが、それはどのように客観的なのだろうか?
ほとんど密室内で行われているのだから、「母親と本人以外の証言以外は、不明」というのが正確ではないだろうか?
裁判所の精神鑑定でさえ、「母親のしつけ」については聞き取りを根拠にしており当然、客観的な記録があるわけではない。叩かれて怪我をし、病院で診察を受けたというような事実はない。
証拠がなければ、「本人がそう受け止めた」ということでしかないのではないだろうか?
本人が誇張して述べていることも十分にあり得るわけだ。
「叩くしつけ」については、弟を苛めたりしたときに週2、3回お尻だったと本人も母親も言っている。叩くのはたしかに教育能力不足であって反省すべき点だが、週に2、3回尻をたたくという行為がそこまで性格をゆがめるとも、どうにも私には思えないのである。そんなこと言ったら世の中は殺人者だらけでは? その事実をもって「厳しすぎるしつけ」というのはどうだろうか…?
子どものどのような行いに対し、どのような叱責方法をとったことが「行き過ぎ」であり、子どもを殺人者にまでしてしまうような「失敗」であるのか?
そのようなマニュアルをあらかじめ踏まえて子育てをしている人がいるのだろうか? 多くの母親は、手探りや願いや祈りといったものを心頼みにし、道なき道を行く不安と背中合わせになりながら、自分に出来る事、子どものためにと思うことを、精いっぱいやっているのではないだろうか?
毎日食事を作り、遊びに連れていき、身の回りのしつけをした母親の失点はあげつらわれ、ほっぽって休日もゴルフざんまいの父親の「育児」が問われないのは何故か?

…うだうだと長くなってしまったのでまとめよう。
私は、Aの母親を擁護したいわけでも何でもない。特に子どもが明らかに悪くなってからの過失は色々とあったと思うし、立場的に監督責任があることに疑いはない。しかし、犯罪少年がいたからといって結果論的に「母親の育て方が悪かったに違いない」と証拠もなくこじつけてくる批評の仕方には同調できないし、それを主張するのなら明確に「人はどう育てればどう育つのか」を具体的に示し立証して欲しいと思う。
この日本に蔓延している、「子どもを見て母親を採点する」人々の傲慢さを、私は思うのだ。

…と言っても、私が「母親」だから、「立場からの言い訳」となっちゃうんだけどね。

コメント

「子育てにおける母の影響って言うけど、父親は?なんでも母の責任にされたらたまらない!」
「母親が、子どもがしたことに気付かないわけがない」

私の母が、あの事件の頃に言ってました。私の価値観は父よりです。父が死んだ今、仲介者が不在となり母との価値観の摺合せを諦めました。

ぽぽさん、コメントありがとうございます!

そうですねー1行目「なんでも母の責任にされたらたまらない」は、私はその通りだと思いますね。育児の当事者という意味では父親の責任も同等だと思います。
多くの母親は役割上、父親より量的に多くの時間育児にあたるわけで、同じ行為をしても子どもに対する影響が母親のほうが大きいというのはあると思います。ですがそれは比率的にそうなるだけで、なんのマニュアルも正解もない中、多くの困難に取り組んでる女性に対し「子どもが悪くなったら母親のせい」はどうなんだと。
そういう意味では、「うちは世帯収入が少ないと愚痴る専業主婦」も同じような意味でなんだかなです。
また、「監督責任」と、「原因説」(いわゆる「母原病」「父原病」という考え方ですね)はちょっと分けて考えたいのですが、後者の意味で言うなら、両親だけの影響で子どもの人格ができあがるわけでもないと思います。

2行目の「気付かないわけがない」は、どうなんでしょう。私も母親ですがそこまでの自信はないなー。ただあの母親は、子どもの情報をしっかりつかむために友達も自宅によく呼んだし、PTAの役員などもすすんでやったというようなことを書いているんですね。仕事もしていなくて日中子どもの部屋をチェックする時間もたっぷりあった。問題行動も数々起こして何度も学校に呼び出されている。それなのに「近所で有名な話」をまったく知らないというのも、なんだかつじつまがあわないなという気はします。

ぽぽさんのお父様は、どのような価値観でいらっしゃったのですか?

お久しぶりです~

神戸の事件・・・

事件の少し後、週刊誌か何かの記事で、読みました。

少年Aのお母さんを知る人たち(近所の主婦とか)へ取材をしたところ、
「決して悪い人ではなかった。ただ、唐突に場違いな発言をしたりして、周囲の失笑を買うようなところがあった」 という証言が…

たとえばPTAの会議の時、離任する先生に餞別を送ろうという話になった。
金額は、一人いくらにする? 300円くらいで良いよね…と話が纏まりかけている時に、
「300円?少なすぎる!うちは1000円は出すで!」 と言い出し、場の雰囲気をシラけさせてしまった、とか。

(ずいぶん昔に読んだ記事なので、詳細は違うかもしれません)

今にして思うと、このお母さん、アスペルガーの典型ではありませんか?

その当時は今ほど、アスペルガーとか発達障害とか認識されていなかったと思いますが…

お母さんがアスペで、少年Aに遺伝しちゃったんだろうな、と思います。
同じ自閉症スペクトラムでも、母と息子とでタイプは異なり、Aには反社会的な傾向が強く出てしまった…

アスペの人の中には、「自分は普通ではない」 と自覚して悩む人もいれば、何の自覚もなく自分は普通だと自信満々の人も・・・

Aのお母さんは、後者のタイプなのかと。

発達障害だから仕方ない、と言うつもりはないです。被害者は、本当にお気の毒。

でも、このお母さん、「鈍感すぎる。なぜ気づかなかった?」 とか 「なぜ息子に、もっと細やかに愛情を注がなかったんだ」 とか批判されますが、
「相手の心を敏感に察する」 とか、「細やかな心配り」 とか、アスペルガーの人が最も苦手とする部分なのに、
それを要求するのは無理があったんだろうな、と思います・・・

なるほどなるほど。卯月さんは、母親がアスペルガーだったのではないか、という見方ですね。
PTAの餞別の話は初めて知りました。そんなことがあったのですか。
たしかに、そのエピソードを聞くと、「場の空気がわからない人、あるいは見栄っ張り」となるのかもしれませんが、それだけでアスペルガーとは決められないかなぁ私は。
いわゆる「KY」の人がネット上で「アスペ」と揶揄されたりもしますけれども、アスペルガーの判定は各指標から総合的に行わなければならないですし、母親の書いたものを読んでもそこまでの直感は持てませんでした。
ただ、近所の方の体験はそれ1回ではないでしょうから、類似のことが何回かあったのかもしれませんね。

加害者本人については、その育児記?を読むとアスペルガー、または近い型の発達障害であることを強く匂わせるものですが、本人についてはそれこそ専門医がよってたかって鑑定をしているわけで、それでも「アスペルガー」という判定は出ていない。鑑定とまではいかなくても診断は、「アスペルガー」が市民権?を得てきた2000年代にはいっても何度かやっているはずですが…ですからこれも、たぶん違うのでしょうね、素人にはそんなふうに見えるだけで。

>「鈍感すぎる。なぜ気づかなかった?」 とか 「なぜ息子に、もっと細やかに愛情を注がなかったんだ」 とか批判されますが

鈍感は鈍感でしょうね。私もそう思いました。ただ細やかな愛情というのは実際どうなのかわかりません。日常を見たわけではないので…過干渉ではあったと母本人も認めていますが、それを愛情だと子供に受け止めてもらえていなかったのは、残念ながら確かなようですね。

本当に、いろんな意味で不幸な事件でした。

お返事ありがとうございます!

当時、この事件に関連する記事とか本とか、結構たくさん読みました。その中で、少年Aのお母さんについて書かれていたことが、色々印象に残っていて…

「アスペルガー」 という障害があることを知るうち、少年A本人だけでなく、お母さんも、これに当てはまるんじゃないの?と思うようになったんです。

自閉症スペクトラムは遺伝という見方が有力で、母子で遺伝しちゃったのかな、アンラッキーだな…と。
(遺伝ではなく、難産が原因とか、食生活のせいとか、説は色々あるようですが)

>それだけでアスペルガーとは決められないかなぁ私は。

そうですね、私も素人なのに、決め付けるような書き方をしてしまって、すみませんでした。

>本当に、いろんな意味で不幸な事件でした。

少年Aが歪んだのは、主にお母さんのせいだとは、どうしても思えませんでした。
(いえ、もし本当に母子遺伝だとすれば、そういう意味では “母親のせい” ですが、悪気はなかったという意味で)

でも、子供に問題が出たら、「親が悪い」 と言われてしまい、特に母親のほうが強く批判されがち・・・

それが怖くて、あまり子供が欲しいとは思えなかったんですよね。元々、いわゆる 「子供好き」 ではないというのもありますが。

この事件では、被害者のお母さんも手記を出版されました。
その手記や、手記の出版を受けて応じたインタビューの中で、

今回の事件で、多くの人が子供を持つことに不安を感じたと思う。
若い女性の中には、子供なんて産みたくないと言う人も…
だけど私は、こんなことになってしまったけど、それでも娘と過ごした日々は素晴らしいものだった。そのことを是非、知ってもらいたい。希望を持って、子供を産んでほしい。

・・・というようなことを語っておられました。

確かに被害者の心情としては、最愛の娘を惨い形で奪われたうえに、その事件の結果として、社会に絶望だけが広がり、出産・育児が忌避される…なんて、耐えられない。
せめて、不幸な事件ではあったけど、親子関係の在り方が見直されるなどして、結果的には社会がより良い方向へ向かい、娘の死も無駄ではなかったと思いたい、ということなのでしょう。

実際、この手記は多くの人々に感動を与え、ベストセラーになり、この手記によって心を救われたという人も多かったようですので、決して無駄では無かったと思います。

だけど私は、ひねくれ者で…

こんな悲惨な事件の被害者になってしまっても尚、自信を持って 「子育ては素晴らしい!」 と言えるのは、娘さんが非常に素直で優しく明るい性格の子で、少年Aのような発達障害児(たぶん)からは程遠い、きわめて育てやすいタイプの子だったからでは?と言いたくなってしまいました…

手記では、「私は元々、エゴの強いタイプだった。もし娘に出会っていなければ、すごく嫌な人間になってしまっていたと思う」 というようなことも書かれてあり、
つまり、「母親の育て方が良かったから、娘も素晴らしい子に育った」 というより、
「たまたま運よく、素晴らしい性格の娘を授かって、育児を楽しみ、成長もできてラッキーだった」…という側面が大きいのでは?、なんて…

もちろん、娘さんが素晴らしい子で、子育てが楽しく幸せだった分、それを奪われた苦しみも大きい訳で、その苦悩と闘いながら書かれた手記に対し、こんな感想を抱くなんて、ほんと性格悪いですね、私。。。

だけど残念ながら、私は 「事件を通じて、子供なんて産みたくないと思ってしまった 若い女性」 の一人でした。

事件の3年後に結婚しましたが、子供を産むのが怖くて、しばらく避妊していました。

結局、子供を欲しがる夫の求めに応えて出産しましたが、子供が犯罪者になったら…という恐怖心はますます強くなり、二人目以降を産む気にはなれず、一人っ子です。
(夫は二人目が欲しかったみたいですが…悪いことをしてしまいました。)

元々が 「子供好き」 ではないため、子供一人だけでも気持ち的に余裕が無くて、持て余し気味・・・

だから、子供が二人以上いる人ってすごいな~と、素直に思います。

ふぎゃこさんは、お子さん四人ですか! 尊敬です。

遺伝というのは可能性の1つとしてあるでしょうね。
遺伝的な素質と、なんらかの要因で生まれた反社会的気質が悪くマッチしてしまったケースなのかもしれません。
レアケースと願いたいものですが…

>子供に問題が出たら、「親が悪い」 と言われてしまい、特に母親のほうが強く批判されがち

そうなんですよねー。
発言小町という大手新聞社のコミュニティがあるのですが、そこの数々の発言見てると「世の中のお母さんたちってみんなしっかり良識わきまえてて礼儀正しくちゃんと躾できてるんだな〜」という気分にだんだんなってくるんですよね。なんか「これが当たり前だろ」という基準ってあるよね、できてない人はとんでもないよね、と暗に言われているような…
すいません、こんな言い方じゃよくわからないですよね^_^;

卯月さんのとらえかた、全然ひねくれてないと思いますし、新しい視点を頂いた感じでなるほどなぁと思いました。
Aの親でも「Aを生んで良かった♡育児楽しかった」と言えるのか?といえば…それは…~_~; もちろん子供である以上、愛情がとぎれることはないでしょうけれども、「息子がAでも親は育児ができて楽しかったのだから、皆さんも希望を持って産んでください」とは、世間様に向けて口が裂けても言えませんやね。

私は、いろんな巡り合わせで子供4人ですが、一人っ子の親御さんも比較的落ち着いていてうらやましいな〜と思いますし、子供のいないご夫婦も大人生活楽しそうだな〜と思いますし、つい、ないものをねだっちゃいますね^o^
まぁ、あんまり人数のこと(何人がいいなとか)を考えたことがなかったので、結果論ですが。
子供が複数だと、一人をかわいがると他の子の非難が高まるので、そこはけっこうつかれます。人目をはばからずたっぷり愛情を注げるというのは一人っ子の良い点ですよね♪聞いた話ですが、一人っ子は知能も高い傾向があるそうです。
育てるときの苦労というか心労は、何人っ子でもかわらないだろうと思いますけどねー。

昨夜、話のながれで中1の子と、この事件の話になりました。
14歳ということに衝撃を受けたようです。
先日学校でハサミを振り回した子がいたらしいことを人づてに聞いばかりで、遠いところの話(事件)ではなくリアリティを感じてしまった様子。

「母親は気付かなかったと言ってるみたい」と私が言った直後、
「外での顔と家の中での顔が全く違ったんやろうな。」

現在中1の子にとっては、自分が生まれるはるか前の、昔の事件…
ということになるのでしょうね。
私にとっての、名張毒ぶどう酒事件?
いったいいつの話だよ…という感覚で言うならばですね。

>外での顔と家の中での顔が全く違ったんやろうな。

そういうことは、あり得るでしょうね。
ただ、動物を殺したりしていたのは「近所で有名な話」なのに、このお母さんは本当に、友達にもだれにもそのことを教えてもらえなかったんだろうか…?
そう思うと、自分が信じてる人間関係というものも、意外とあやういものなのかもしれないなぁ…とちょっと無常な感じがしたりもします。

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Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
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