2017-11

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P論法 まちがいさがし

いたるところでよく見られるPコンサバの三段論法について、前から何かがおかしいなぁとは思ってはいたものの、ちゃんと考えたことが無かったため、今回書き出してみることにした。

***典型パターン***

一段目 教育環境をよりよく安心できるものにするためには、保護者の協力は不可欠。法律で強制されていないからといって「嫌ならやらなくていい」ではなくて、みんなで協力した方がいい。それに「強制じゃないから、面倒だから」と背を向けるのは倫理に反している。

二段目 PTAは教育環境をよくするために活動している団体である。

三段目 従って、PTAに加入しない・協力しない親はワガママ自己中である。

******

一段目は、私の中では極端に否定するものではない。なるべく協力し合うのが温かくてよい社会だ、という一般論には別に抵抗は感じない。そこに法律をいちいち持ち込むこともなかろうという気持ちもわかる。
二段目も、もちろん異論はない。頑張って欲しいものである。「事実としてPTAのおかげで教育環境が良くなっているのか」という検証はおいとくとして、そのために結成された団体であるのは本当のことだろう。

じゃあ、なんで三段目がおかしくなるのか?
それは、事実として確定しているのは「PTAは教育環境をよくするために結成された」ということだけであるのに、あたかも

①PTAに加入し活動すること=教育環境の改善をもたらす、という強引な結論が検証なしに既定事実とされていること
 ※実際には、PTA活動のホントウの実効性、については私はかなり懐疑的なのであるが、それを口にすると「やりたくないからって批判する」「一生懸命やっている人に失礼」などと話がズレていくので、こういった実効性についての議論をPTA内部でやろうとするのははなはだ困難、というのが私の実感である。

②PTAに参加すること以外の活動は、教育環境の改善をもたらす効果はない、という強引な結論が検証なしに既定事実とされていること
 ※なぜなら、PTA活動をするということはPTA活動以外の活動(例・仕事や育児^_^;)のための時間とエネルギーを損じるということであるからだ。PTAをやらないことは社会貢献をしないことになる、という安易な命題は、それによってその他の社会活動がけずられることについてはいっさい問題も影響もない、と断定することにほかならない。

の2点が完全な「主観」によって固定されているからなのである。

だから、一段目や二段目に疑義をとなえたり、専業主婦vs兼業主婦にしてみたり、はては幼稚園vs保育園とかでバトルしてみたりすること、それらはぜ〜んぶ枝葉の場外乱闘みたいなもんだと思うのだ。
もうそういうのに全部つきあってられるわけもないので、①と②があなただけのちっぽけな主観なんだよという話だけ馬鹿の一つ覚えみたいにしていればいいのかなという気もするのだが、実際にコンサバと議論になってしまうと、「多少の我慢はするのが大人」とか「なんであなたの子供にかかるお金を私たちが払わなきゃいけないの?」「たった年に数度のことをどうしてそこまで拒否するのか」などと、とほうもなく脱線していってしまうので、やっぱりなかなかむずかしいかもね。

たとえば、このような2ちゃんのコピペをもってきてみたが、

>自分や子供が参加してる社会に自分が貢献するのは絶対に必要なこと
>それをしないのは、それこそ社会じゃないところで生きていかないと
>子供の通学路の見回りとか、そういうのは地域でやって貰うもので、
>それがあるとないじゃ、子供の安心が全然違うわけだからね

1〜2行目は、主観によって②が固定されており、
3〜4行目は、主観によって①が固定されている

というところがこの主張におけるロジックの瑕疵なわけだが、それに対して、「実効性の有無について検証がないのは奇妙だ」という意味で「通学路の見回りって本当に効果あるのか疑問」などという言い方をすると、「いっしょうけんめいやっている人に対して失礼」というふうにズレていくのが定番なわけですね。
それはなぜか? ①と②がきわめて宗教的なまでに妄信されていて、それを口にする人の中ではもはや「事実」だからなのである。

結論:コンサバと議論するのはやっぱしなるたけやめたほうがいいかも。

コメント

同感です

初めて拝見しました。2人子持ちの会社員です。
同感できるブログに巡り合ってうれしく思いました!

例えばベルマーク活動の費用対効果について考えようとしても、「一生懸命やることに意味がある」的な議論に陥りがちです。幼稚園時代(上の子が保育園に入れず幼稚園の延長保育利用でした)は、いわゆる「ママ社会(でも名前は父母会)」を求めて入ってきている方も多いので、そのような部活動的なノリでも良いと思います。一方で小学校は背景が異なりますよね。

「PTAは教育環境をよくするために活動している団体である」のであれば、まずはその評価が必要ですし、仮にそれで改善していたとしても、「PTAが存在しなかった場合との比較」はできません(意外になくても大丈夫だった、という証明をするためにはPTAを廃止して比較するしかないわけなので)。また、他に影響を与えた因子(PTA以外の活動の教育環境への改善効果)の検証もできていません。

個人的にはPTAの理念は分かりますが、そもそも平日の10時に会合、というスタイルでは、母親はフルタイムで働いていないことが前提であり、フルタイム勤務の立場では協力しずらいと思います。より多くの方が参加できるよう考えるのであれば、時代に合った効率化を考えていく、また男性の参加も積極的に促していく、などの改革も必要だと思うのです。

すみません、ちょっと熱くなってしまいました。。。

おとさん、いらっしゃいませ〜^o^/
共感していただけるなんてとってもうれしいです!

おっしゃる通り、費用対効果という話をきちんと考えてもらうのは非常に難しいですよねPTAの場合。
たとえば地域パトロールなどで言うと、「やらないより、やったほうがいい」という理屈で簡単に当番割り当て表が作られたりするわけですが、そこで目に見えない多くの人の時間や、時給や、職務上の影響などにマイナス効果をもたらしてるわけです。「パトロールぐらい」とよく言われますが、指定された時間にパトロールをすることで何を犠牲にするのかは、本人にしかわからないことで、他者が勝手に「これくらいかまわないでしょ?」と押しつけられるものではない。費用対効果が正確に計測できないものだからこそ、「有志によるボランティア」でなければならないし、有志だからこそありがたい。
と私は思うのです。

ベルマークなら明確に「利益」データが出ますからもっと測りやすいですよね。とまてさんという方が計算していらっしゃいましたが、時給換算したら実に驚くべき数字でした。まぁ計算をしなくても、ちょっとやったことのある方はそれがいかにとほうもなく効率の悪い仕事であるか実感できるだろうとは思うのですが…私はベルマークは「趣味の世界」であって、「役に立つ」「意味がある」「親としての義務」などと変換して、消極的な人に押しつけられるものではあり得ないと思ってます。

>そもそも平日の10時に会合、というスタイルでは、母親はフルタイムで働いていないことが前提であり

そーなんですよー! 10時スタートって、「朝の家事をゆっくり終えてさぁ〜てと、ってかんじで集まる」感たっぷりですよね!
そんな時間からだらだら会合始められたんじゃ、当然半休で済むわけもなく…でもさすがに報告伝達のみ会合のために丸々1日つぶすわけにもいかないので、私は自分のリミットタイムでさっさと帰ってました。
パートタイム勤務の人のことも考えたら、子どもが登校すると同時に始めるくらいにして、9時終了とかにすればいいのに…といつも思ってました。(1時間で終わらないような内容では全然ない)9時終了だとフルタイムの人は遅刻せざるを得ませんが、そのあとの時間が有効に使える事を考えたら全然ましですわ〜。

みんなが積極的に運営改革案を出し、年々どんどん変わっていかないところがまた、「PTAが人々から本当に必要と思われているのか」という疑念がわいてくる理由にもなってるのですよね(@_@?)

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ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
ツイッターもあるヨ→@ bkk858

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