2017-06

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法律を持ち出すなって話もまぁ、わからなくはない

>シンプルに考えてさ、子供がお世話になってんだから協力したらいいじゃん
>何でウダウダ言ってんの?
>そんなに人の為に動く心の余裕が無いの?
>子供はそんな親の姿勢見て、さぞ個人主義に育つだろうね、怖い怖い

これは昔の2ちゃんねるに落ちてた言葉を、よくある批判なのでサンプルとしてひろってきたのだが、まぁ無知な言葉ではあるのだけれど、意外と私はこういう感覚を100パー否定するものでもないんですよね。
人間生活って、いちいち法律を持ち出すもんでもないと思うし、こういうブログとかでPTAみたいな「およそ何にも考えてない団体」のことをあーだ、こーだというのも一種の「ウダウダ」であって、本当言うとどうでもいいことなのかもしんないです。

だからこそね、「本当はどーでもいいこと」「一種の遊び」であることを忘れて、やたらに一生懸命になっちゃう人が出てくると、困ったことになるのですよね。

いろいろな人が混在する世の中で生きるとき、みんなが平和に過ごすために大切なのは「思いやること」「親切にすること」という、小学校のクラス目標みたいな原始的なことなんじゃないかと思う。
それは、すごく大切なことで、法律よりもなによりもすごく大切なことで、でも人間が「団体」になってなにか共通(にみえる)「目的」をもってそれを達成することを目標にしよう、というふうになっちゃったときに、「人を思いやることよりも優先されること」が生まれてきちゃうんじゃないかと思う。
そしてそれは団体の目的なんだから、優先されることも仕方がないよねとなっちゃう。
そうなったときに、「必ず出席してください。仕事も病気も理由になりません」などと人に言えるように、人間はすごく簡単に変貌してしまうものなんだなということを、私たちはたくさん目撃してきている。

それにノーを言うために、私はついうっかり「PTAは任意団体で入退会は自由です」などというようなことを言っちゃうわけなんだけど、本当はそんなことを言いたいわけじゃないんだよね。
「人が人に対してヒドイことはやめようよ」と言いたいだけなんですよ、本当はね。
でも、ノーを言ってもヒドイことをやめない人がいるとき、しょうがなく「法律」がひっぱり出されてきちゃうのね。

飲み会やるのにいちいち「私は1杯しか飲まなかったのにワリカンは法的におかしい」とか、「たしかに幹事は頼んだがこんなに飲み代が高いなら事前にインフォームド・コンセントが欲しかった」などとゴネてくる人、めんどくさいでしょう正直。
法律で言ったら、了解もしてないのに勝手に飲み会負担の金額決められて請求されたらおかしいって話になるのかもしんないけど、それくらいもういいじゃんっていうのが普通。でも、それでもイヤだっていう人がいるなら、それはしょうがないよね(もうその人は誘わない流れにはなると思うけど)。
それと同じで、父母教師の会というものがなんとなくあって、「よっしゃ、みんな会員な!会費あつめるぞ!」でも、私は大してかまやしないんですよね正直言うと。別にいいじゃんそれぐらいって感じ。だって、遊びで適当に作った団体みたいなもんでしょうし。そういうの、違法なのかもしれないけど。極端な話、それで先生と役員の飲み代に消えてたって、「あーあーしょうがねーなーもう」くらいしか思わない。その程度の集まりだったら、「俺はじぇったい払わねえぞ!」みたいな人が数人いたってしょうがない、くらいの感覚だろうし。

そこまでならいいんだけど、そこに市町村だの国だのがいらん介入してきて地域との連携が重要なドータラコータラと言い出して、仰々しく総会などやりはじめて、委員会とか作ってひとりも網からこぼさないようにして、一人一役だのなんだのとやりはじめて具合の悪い人や赤ちゃんいる人までやらせて、「思いやりより団体利益優先」みたいに目の色変わってるから私みたいな「別に団体好きでもねぇよ人間」はまっさきにシラけてるわけですわ。そんなことやってるのを目の当たりにしたときから、子どもたちのためにPTA会員として一肌ぬごうなんて気持ちは雲のように散りうせ霧のように消えさってるわけ。PTAという団体が愛せないんですよ。私よりもっともっと前の数十年前に、多くの父親たちもとっくにシラけてるんだと思う。

「私はいいです」って簡単に断れたら、法律の出番なんかないのに、それをまた「子どもがお世話になってるのに」とか「PTAは重要な団体で地域の絆がウンタラカンタラ…」とか「親としての資格がどうの」とかしまいには「子どもをハブってやる」とか言ってくるからこっちもしょうがなく「そもそも法律わかってんの?どっちが正しいか勝負しようか」って話になっちゃう。
冒頭引用の「何でウダウダ言ってんの?」も、そう言う人の気持ちはなんかわかる気がするんだけど、いちばん最初に「法律以前に大切なもの」をうっちゃってるのはどっちなんだ?と思うのですよね。

消費者契約法違反が悪いっていうより、いやがってるや困ってる人に役員やれって、なくても困らないような仕事を押しつけることを「団体の決まりだから」って正当化する態度の方が、頭おかしいだろって話なんですよねえ本当は。

コメント

セレブリティーPTA

法律なんて無粋な
って私も言われました。
そんな四角四面に考えなくても
とも言われました。

たしかに、ぶきゃこさんがおっしゃるように「おもいやり」を忘れていると思うんですよね。「おもいやり」の度合いを表現するのは難しいからある程度の指針というか基準ということで「法律」ってあるんじゃないのかなぁ。
めちゃくちゃな論理かもしれないけど「大岡裁き」じゃないけど、ある程度の解釈でもって「やさしい」ことをするってのも「法律」というみんなが守るべき指針があるからできることでは。
本当にPTAって「思いやり」と対極にある言葉だと思います。

絶対やらないといけない義務なんだから逃げるなんて卑怯。
仕事があろうと、例え仕事を失うことになったとしてもやらなければいけない義務。
子どもの病気?気の毒だけど関係ない、だって義務だもん。

私が半泣きになりながら「子どもが死にかけてたら、どんな気持ちになるかみなさんには分からないでしょ。無理なものは無理です。できる限り協力はさせてもらいますけど、病気できつそうな子どもを小学生の子どもに面倒を見させて出席できません」と訴えても「そんなこと言われてもねぇ。そんなに心配なら看護士でも雇えば?」と言われ同情すらされませんでした。後日たった一人だけ「その後お子さんの具合はいかがですか?」と声を掛けてくれた方がいましたが、その方は「無理強いしなくてはいけない活動っておかしくないですか」と意見された方でした。

その議論のとどめが「法律とか持ち出されてもねぇ。和気藹々とやるのがPTAでしょ」
どの口がぁ!和気藹々と子どもが死にそうなのを尻目に活動するのがPTAなのか!「さやさやの子入院したの?いい気味。PTA活動をさぼろうとするからそんな目に遭うんだよ。自業自得。でもさぁ、それでPTAからお見舞金でるんやろ?なんかそれはゆるせんなぁ」
だからぁ、PTAやめるから、見舞金もいらないから、ほっといてくれ!お金がほしくてPTAやってるんならそういってくれれば寄付してあげるよ!そのかわり税金控除されるような寄付先になってくれ。じゃないと払わん!

そのくらいPTAの役員会で大騒ぎしてやらないとわかってもらえないのかなぁ。言われっぱなし、やられっぱなし。でも、一応なんとか子どもは無事に生きています。それだけがせめてもの救いです。

自分に災難がふりかからないように細心の注意を払って、他の人のあらを探して乗り切らなければならないのがPTAです。健康に不安のある家族がいたり、家計に問題があるような家庭で仕事をきつきつに入れざるを得ない方には不向きです。家族全員健康で、経済的に余裕がある方、いわゆるセレブリティーな方が自身の評価をあげるためにするのがPTA活動であって、私みたいに病弱な子を持つ、一般家庭の人が手を出してはいけない領域だと思います。
逆説的ですが、セレブしかできないPTA活動っていう風にしちゃえば、お金は集まるし、人手も集まっちゃったりして(笑)「え~!さすがですねぇ。うちみたいな貧乏人PTA活動なんてできません。それをさらっとされる○○さんはさすがです」なんていってあげればいいのかも(笑)

さやさやさん、こんにちは!
そのとおりで、いっそ、セレブの特権にしちゃえば本来の姿に近づくかもですね。
笑顔で余裕で楽しめない人は、やっちゃいけないです。
よく考えたら当たり前ではないでしょうか。ボランティア活動ってそういうものでしょ。
本来は団体側が、
「子どもさんを留守番させての活動は禁止します」
「未就学児を同伴しての交通見守りは厳禁です」
など、子どもの安全を第一にしなければいけないのではないかな?
団体を作って、責任を持って活動するということは、そういうことなんではないのかなと思うのです。
だってそうアナウンスしないと、役を果たそうと無理して子どもを犠牲にする人が出てきちゃうでしょ?
そういう原理原則=活動の意義や立ち位置をきちんと共有していくこととか、子どもや生活を犠牲にしなくてもできる活動の仕方をさがしていくことが、なによりも大切なんではないでしょうかね。
でも、PTAって「そんなこと各自でどうにかしてください」で捨て置いて、祭りやラジオ体操やベルマークに一生懸命でしょう。違うよなーって思うのです。「この人もできない、あの人もできないじゃ、やる人がいなくなっちゃう」という謎の理屈で押しつけてきますから。
そして無理してやればやるほど、なにかそれを「やりがい」や「充実感」と翻訳して、次の人にバトンを渡そうとする。
冷静に考えられないということは、怖いものです。

さすがです

今きづいたのですが、アメリカのPTAって「セレブPTA」率が高いのでは?
アメリカから持ってきても文化的下地が違うから、日本では現在のようなモンスター団体と化したのではないかと思いました。
日本ではとにかく「やった」という実績作りが大切で、だからこそ、「病気の子どもの面倒を看る看護士を雇ってお前がPTA活動せい」ということになると思う。私の中の正解は「PTA活動する人を雇って、私が子どもの看病をする」なんだけどなぁ(以前それを提案したらキレられました…)
和気藹々と活動できる人はいいのかもしれませんが、私のようになにかと工夫しなくてはいけない余裕がない人間にはとても無理な話です。
アメリカみたいにお金で貢献してもいいし、労働力で貢献してもいいし、自分のできる範囲でやりたいことをやる活動なら気も楽だし、やる気もおこるってもんです。

自校PTAが会費収入の50%以上を学校備品(図書も含む)購入にあてている資金集めタイプのPTAなので、なくなると学校がとても困るのだろうと言うことは容易に理解できます。だったら、どうでもいいような要らない労働力の提供を義務として、そのために人を雇ったとしてもお前がでろ、と強要するのなら、素直に「お金欲しいです。労働力はどうでもいいです。人を雇う金があるなら、寄付してください」と言ってくれたほうが、両方すっきりするし、お金も有効に使われるってものです。

なんでみたのか忘れましたが、「便利屋」の仕事内容に「PTAの仕事」ってのがありました。お金払うとやってくれるんですね(笑)こういうのがあるってことは需要があるってことか。そこまでしてやらないといけない仕事ってあるのかなぁ?
動員に応じること(選挙前のセンセーの街頭演説?)
誰も見ない広報紙作る(印刷業者の雇用維持?)
文化祭で出店をする(業者に頼んだら逆に出店費くれるんじゃない?)
入学式卒業式でノベルティグッズ配布(業者の雇用維持?)
全部なくても学校はなにも困らないかと・・・。「便利屋」はちょろい仕事でお金もらえて嬉しいでしょうけど(笑)
まぁ、学校の草取りなんかもやってるけど、PTAが出席確認をするようになってから、出席するだけの人が増えて、(土日にやるので)試合や旅行などで出れない人が申し訳なく思って前日までにやってくれるまさに純粋なボランティアできれいになってるし。要らないジャン、PTA。草取りって草取ってなんぼじゃないんかい?指定された時間に集まれば草取りなんかい?
有志で「草取隊」っていうのを結成して活動している方々がいらっしゃるけど、その十数名の活動の方が会員+子どもの総勢300名程の労働力よりはるかに勝ってるってどういうことなんでしょう。

やる人がいなければやらなきゃいいだけでしょ。お金が必要なら「お金が必要です」ですむのでは。どうしてもやらなきゃいけないことがあるのなら、お金で解決しても、お金出せないなら労働力を提供しても、その辺は各個人に選ばせて欲しいな。

あんまりこういう正当なことを言っていると「四角四面」とか「法律を持ち出すな」とか言われちゃうんだよねぇ。

さやさやさん、こんにちは^^
お話を拝見すると、さやさやさんのところはヘンだなぁ、と思います。土地柄でしょうか?「もう、限界!」と倒れちゃうのも方便としていかがでしょうか?
(ホントなら、そういうエネルギーを国家予算獲得請願運動などにすればいいのに、なんておもっちゃうのですが。)

だって私、役員書記の時、我が子が熱出したんで総会休みましたよ~(笑)普通に休めました。それから、ある委員会の時、離れて暮らすお母さまのがご病気になられた人(班長)がいて、「PTAなんかいいから、お母さまに専念してあげて」とばかりに有志が役を交代したエピソードがあります。良し悪しですが、そんなときにカバーしあうために、自校PTAは役を多めに配置する傾向があります。

四国出身の人とPTA話をしたとき、四国の某地方は文字通り「我田引水」で、他人を思いやる気質などない、こちらにきてめちゃくちゃ感動した、と語っている男性が居ました。だからと言ってPTAすべて礼賛!というのもどうかとおもいます。

法律を持ち出すと、「私分からない」とか「難しい」とか言ってアレルギー反応を示す人が山ほどいるところは共通してます…。(そんなひとが市民裁判員に選ばれたりしてるんだぜ)

お互いに首を絞めているのでは?

猫紫紺さん

多分、猫紫紺さんのところのようなPTAだったら、私は何の文句も言わず、「当たり前」だと思ってPTA活動をしていたと思います。

とにかく、こちらでは「荷が重い」「苦役」なので、どうにかしなければ自分がつぶれてしまうと、ネットなんかでどうにかならないものかと検索し始めたんですもの。

以前関西出身の方が役員本部にいらっしゃいましたが、彼女は総会中平気で外で井戸端会議にいそしんでました。「はじまってるよ」と声をかけられてしばらくして会場に入るみたいな感じでしたが、「ボランティアなんだから」と悪びれる風も無く。他の役員は眉をひそめているようでしたが、本当は彼女くらいでちょうどいいのかもしれませんね。(大体総会ってなによ?って思うし←当校ではレジュメ読みあわせ会。発案、決定など一切ない)

子どもの発熱で休めるなんて夢のような話です。もう一つ私の体験ですが、妊娠中も関係なく仕事が回ってきて、まぁ、ほとんどの方はなんの問題もなく仕事ができるのでしょうが、私の場合「切迫早産」になりまして、病院から絶対安静(家事もするな)と言われていましたが「妊娠は病気じゃないからねぇ」の一言で片付けられました(なんとか無事に生まれましたが←ただし、この子が虚弱児)子どもが入院していようと仕事せい。無理なので代理の方をと言えば「無責任な!頼まれた人が迷惑やろ!」(って、その迷惑な仕事をしろっていってるのはあ!な!た!!)

何がどうして、どうなってこんな苦役が義務になったのか?
考えざるを得ない状況に追い込まれたんですよね、私の場合。

私が正当なる理屈で拒否しようとしても、「あれ?目覚めちゃった?困ったなぁ。もう少しだまされてて欲しかったのに」となるんでしょうね。

えぇ~!

さやさやさん

えーー!!
切迫早産で絶対安静なのに、PTA出て来いとぉ!?信じられません。
「妊娠は病気じゃないからねぇ」って、どこぞの不勉強な政治家じゃあるまいし。切迫早産で長期入院した友達、2人知ってます。そのうち1人は、上のお子さんが小さいからかえって動いてしまい危ない、という理由でしたっけ。
…調べてみたら、切迫早産は立派に病気ですよぉ。
http://www.jsog.or.jp/public/knowledge/souzan.html
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1267459652

では、たとえばPTA会員ががんになったとしたら、どんな対応になるんでしょうか。こちらは誰もが認める病気ですけれど。

本来は入会届等の意思確認があれば、入らない保護者は何も困らないし、やりたい保護者は自分たちで勝手に好きなようにすれば良いのに。

学校や教育委員会の無責任な対応や責任逃れをすることが、さらに解決を困難にしている。

結局は私の栗東市のように栗東市長に手紙を書き、栗東市教育委員会や市連協団体会長をしている市議会議員に頼んだりしなくてはならないわけで。

最終的に紛争解決の手段として法律があり、法的手段があるので、法的にどうこう言わなくてはならないのは当然。

皆様コメント有り難うございます!

PTAという団体内で「病気でも活動しろ」「やらなければ子どもがどうなってもしらないぞ」が明確に言われるならば、前者は「強要罪」後者は「脅迫罪」にならないのでしょうかね?
それとも、団体内だから、「そんなブラック団体、辞めないあんたが悪い」ということになっちゃうのかしら?
児童の保護者においての「PTAからの辞めづらさ」が「社会通念」として立派に成り立ってるのであれば、罪名成立もイケそうですよね…。ちょっと1回裁判してみたい気が、ホホホ。
すいません、さやさやさんにとっては笑い事じゃないですよね…。

義勇兵さん、
>栗東市長に手紙を書き、栗東市教育委員会や市連協団体会長をしている市議会議員に頼んだりしなくてはならないわけで

ホントに、なんで何にもしてない市民のこっちがこんな面倒くさいことしなきゃいけないんでしょうかね?
団体側がきちっとすれば済む話。それをやらないで勘違い会員を学校で野放しにしてるだけでも、かな〜りの迷惑団体ですよ…。
クレーム出すほうだって、つかれるんですから。。。

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ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
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