2017-08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

おやじのロマン

P連便りというものはきっと昔から私の手元に来ていたんだろうけれども、ろくに見るべきところもなくてそのまますみやかに資源としての第二の人生を歩んでいただいていたのだが、今回きた便りはなにかちょっとパッションを感じたのでつい読んでしまった。
ようはP連会長の就任挨拶なのだが、簡単に紹介する。

・自分は家庭や学校のことは妻に任せきりだった。
・しかしきっかけがあってPTA会長になり今年が4年目、P連会長は2年目である。
・単PでもP連でも、役員をやりたがる人がいず、単P会長にも単年限りで交替する人が多くいる。その結果P会長がP連活動の意義を理解できず、P連活動の多くを無意味なものと解釈する傾向が増してきた。
・それがピークに達したのが一昨年度で、多くの活動を削減する方向に議論が傾いてしまった。危機感を感じたので昨年度はPTA活動の継続性を維持するためにエネルギーを費やした。
・しかし今年度はさらに単年度会長中心という事態となり、継続性という課題に向き合わざるを得ない。

(以上要旨)

これを見る限り、単P会長=P連活動に意義を感じ積極的な人種、という図式は、少なくとも当市では全く当てはまらなくなってきているようだ。ぶっちゃけもう、事実上崩壊寸前なのではないかとまで思えてくる。
P連活動を削減しようとする議論がわきおこるのは、それを申し立てる者たちが単年会長であるからだ、という彼の原因分析も的を射てるのかどうかわからないが、少なくとも会長たちが「積極的にではなくイヤイヤならされている人たちである」というところはしぶしぶながらも認めてしまっているように私には読めた。

彼も子どもが4人いて今年からは小学校に引き続き中学校のPTA会長をしている、というプロフィールから考えるに、今年中学入学したのが長子であるとしても、彼は4人の子どもを育てる妻を、少なくとも長子が小学4年になるまで「家庭も学校のことも任せ切り」にしてまったくサポートしてこなかったわけである。「学校のこと」というのは、おそらくPTA活動のことも含むと思われる。
それが父親として遅まきながら目覚め、PTAに積極的にかかわりはじめたのは良いとしても、こんどは急に「かかわりたがらない人々」を糾弾する立場に立ち、たよりなどに非協力的だとして批判的な作文をのせる、というのも、「いったい何様になったつもりなのか」と私的には「どひんしゅく」なのであるが、それでもきっと本人は「子どもたちのために献身する、無関心なやつらとは違う俺様」「自分の時間を割いて、重要な教育活動に関わっている俺様」なのだろうなあと何かうすら寂しい。

P連活動の継続性の重要さを訴えるわりには、その根拠とおぼしき文章は
「保護者と学校の連携が不十分だと、子どもたちを取り巻く様々な問題の解決に時間がかかり、大きな問題ともなりかねません。」という1文だけである。
当市のP連が、保護者と学校の連携を助け子どもたちの問題をスピーディに解決した、という実績を私は寡聞にして1件も知らないのだが、それはきっと私の不勉強によるものなのだろう。
したがって「P連事業の継続は必要だ!」という実感も当然ながらにまるでわかないのであるが、きっとこういうことをブログで大声で言う私など、彼にとってはもっとも「保護者の風上にも置けない母親」なのであろうなと思う次第であった。
少なくとも、彼よりはずっと長い年数、子どもと直接的に関わり大切に育ててきたし、配偶者に任せきりにするなんてことはやったことないけどね。

※タイトル文言は私の尊敬するある人が言い当てた非常にナイスな表現であり私のオリジナルではないのだが、このP連だよりを読んでいたらもうその言葉が何度も浮かんできてしかたなかったのでちょっくら拝借させていただいた。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

« ホーム »

プロフィール

ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
ツイッターもあるヨ→@ bkk858

最新コメント

最新記事

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク

このブログをリンクに追加する

検索フォーム

月別アーカイブ

カテゴリ

PTA非会員日記 (108)
備忘・やりとりの記録 (68)
学校の謎 (16)
雑なモロモロ (34)
ごあいさつ (2)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。