2017-10

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たのしかったね?運動会

最近ではなぜか運動会は秋ではなくGWと夏休みの間に行われるのが主流になっているようだ。
三多摩小学校・中学校も、この時期に続けざまに行われ、なかなかに楽しいながらも忙しい週末続きであった。

小学校は、お決まりの徒競走のほかは、ちょっとひねったレクリエーション系の競技やかわいい演技などで、バラエティに富んでいるが、中学校のほうは、100m走・60m走・1000m走・二人三脚・全員リレー・部活対抗リレー・選抜リレーと、とにかく走ってばっかである。
鈍足王かつマスゲーム系も大嫌いだった子どもの頃の私にとって、運動会は何が楽しいのかさっぱりわからないイベントだったが、うちの子たちはあまり嫌がることもなくそこそこ楽しんでる様子なのは助かっている。

だが中学校の全員リレーで、ふと見ると泣いている女の子がいた。
めがねをはずして泣きながら、とぼとぼと歩いてゆっくりとトラックをまわっている。
まわりにはどんどん追い抜かれ、次の走者はバトンタッチラインでじりじりしながら待っている。
観客は、何が起きたのかよくわからないままに、ガンバレガンバレもう少しだよと声をかけている。
あと3メートルぐらいでラインに到着するというのに、ついに女の子は棒立ちになってしまった。
しゃくりあげはいっそう大きくなり、先生が走って励ましに行く。
観客の声援もいっそう大きくなる。
そのあいだに、さっき追い抜かれたクラスの選手が1周してまた迫ってくる。
女の子は、どうにかこうにか踏み出し、数歩あるいてやっとバトンを渡した。
ふらふらとフィールドに戻っても泣きやむことはなく、丸くうずくまってカメラマンのおじさんに慰められていた。

女の子がどういう経緯でそうなってしまったのかはわからない。
私が見た時には泣いていたので、もしかしてその直前にころんでショックで泣いてしまったのかもしれないが、特にひざや体操着がひどく汚れているということもなかった。
だから、何か精神的な・感情的な理由で泣いていたように見えた。
走ること自体が大嫌いだったのかも知れないし、観客の前で体操着で走るというのが苦痛だったのかも知れないし、全員リレーという状況がプレッシャーでたまらなかったのかもしれない。

あの女の子がそうだと断言するわけではないが、そういう感情のコントロールにちょっと困難さを抱えている子というのは、私の経験上で言うと2〜3%くらいはいる。
クラスに1人は、いるというような体感数字である。

もしどうしてもリレーをすることが苦しくてたまらない子がいる時、公教育が、そういう子の居場所を用意できないとしたら。体育祭に無理矢理出させて、泣かせることしかできないとしたら。これは非常に問題ではなかろうかと、私は思うのだ。
体育祭は、授業の一環ではあろうが、人生をトータルで見た時、それは単なる体育のお祭りという位置づけでしかない。やらないと命にかかわるわけでもないし、何かの価値を決めるわけでもない。現に、いま現在私と交流のある職場の人、ママ友達、近所の人、その他友人知人、だれひとりとして私の鈍足で迷惑をかけている人はいないし、そもそも自虐ギャグで言わない限りはだーれも知ることにもならない。知ったところで、どうでもいいはずだ。
体育祭に1人や2人出なかろうが、どうしても嫌な子がリレーを抜けて点数集計係になろうが、お祭りとしてなんの差し支えもないことは間違いない。

中学生が自殺をすると学校は「そんな予兆はなかった、まったく気づかなかった」と必ず言うが、自殺というのは極端な大事故であり、ほんとうは前兆となる小事故ならたくさん起きているはずなのである。小事故だからと無視し、圧力をかけて同一色にぬりこめるしか能のない教育であれば、大事故に至っても「気づきませんでした」としかいえないのは当然である。
少なくとも、死んでしまいたいくらいリレーが嫌な子、というのは絶対に実在する。そのような子が、「嫌です」と言う機会が与えられ、その代わりに体育祭でどんなふうに参加出来るかを考えることができ、それが可能であれば受け入れられる教育のあり方であって欲しいと私は思う。
もちろん、嫌なことから逃げさせるだけが教育ではない。乗り越えられると信じたら、励まし、勇気づけ、取り組ませるのも教育だ。
しかし、大勢の観客の前で大泣きになってしまい、リレーなのに立ち止まってしまうということは、本人だってショックにちがいない。いくら観客に大声援をもらっても、それが本人に充実感を与え成長の糧にしていけているとは、とうてい思えず、彼女はなにか大きく傷ついているようにしか見えなかった。自分が「リレーなんて大嫌い」組だからかもしれないが、胸が痛んだ。
叱咤激励し本人のためにやらせているつもりでも、死に追い込んでしまうことだってある。中学生以上ともなれば、本人に主張できる機会を与え、それに耳を傾けて行くことはとても大切なことだと思う。思春期の子どもが、「社会というものは、思っていることをそのまま主張など、とうていできない場所なのだ」と考えるようになるとしたら、それは教育の失敗だと、私は思っているのだ。

※本当に予兆をキャッチすることが難しい自殺というのもあると私は考えており、この記事は「学校は生徒の自殺を防げるはずだ」という主張ではありません。

コメント

泣けてきます

毎日(更新がない日でも)、ぶきゃこさんのブログを拝見してスッキリさせていただいてます♪

私も、子供時代(今も)運動会大嫌いです。ひいては学校大嫌いです。
「右へならえ」体質が軍隊のようで、窮屈に感じます。
運動会の一番大嫌いなプログラムは「ラジオ体操」。
小中学生時代「ラジオ体操」の「練習」をアホみたいにやらされました。
準備体操の練習って…(-_-メ)
有無を言わせない雰囲気ですよね、学校って。

>思春期の子どもが、「社会というものは、思っていることをそのまま主張など、とうていできない場所なのだ」と考えるようになるとしたら、それは教育の失敗だと、私は思っているのだ。

子供時代の私にこんな事を言ってくれる大人がいたら、本当に救われたと思います。

今回の「めがねをかけた女の子」は心に相当深い傷を負ったことでしょうね…
もし私がその子の親だったら、(多分運動会前に「嫌がっている兆候」があったと思うので)「運動会なんか出なくてもいいよ!」って言って逃げ道をつくってあげると思います。

ちなみに、うちの子供たち&旦那は「運動会命」なので、怪訝そうに私の主張を聞いています(*_*;

たぁさん、こんにちは!

運動会嫌いなかたがここにもいらっしゃったのですね!仲間仲間♡ウレシイです。
そうなんですよねラジオ体操!でもあれ、そんなに練習しましたっけ?
たぁさんのいらっしゃった学校は、なにか特に熱心な感じがしますね…
準備運動なんだから、全部覚えてなくても、そろっていなくても、見様見まねで体をほぐせればそれでいいのではないでしょうか? 壇上で模範体操をする先生が、きれいにできるように練習するのはわかりますが…

高校の頃だったかな?地元で国体がありましてね。開会式のマスゲーム要員に駆り出されて何度も練習させられました。
国体なんて一生縁がないし、興味もないし、やる意味が全然わからないのに号令かけられてやらされて。嫌でしたねえ。
あれも、誰のためかといえば都道府県のメンツ?でやるもんなんじゃないでしょうかねー。
体育だいすきな連中で勝手にやってればいいのに、と思いましたよ。

>うちの子供たち&旦那は「運動会命」なので、怪訝そうに私の主張を聞いています

アハハ。わらっちゃいけないですけど、わかります〜。
うちの太郎なんて、なにかのアンケートで「好きな科目」をきかれて「体育!」って答えてましたから。それ聞いたら「あ、だめだ、別人格だ〜」と諦めがつきました^_^;

「あの子」にしてあげられることは何もないのですが、こんなオバチャンでも生きてるわよ!というところを見せてあげられたら、1度くらいはクスッと笑ってくれるのかも知れません。

こんにちは!
私も運動会、大っ嫌いでしたよ~

最悪の思い出が、中一の運動会。
学年でも1,2を争う鈍足の私が、過酷な「800m走」に出ることになったんです。

やはり距離が長くてシンドイからでしょうか、
すすんで800m走に出ようとする人がいなくて、
ジャンケンして負けて・・・

運動神経が良くて、足が速い子は、たくさん居たんですよ。
でも誰ひとり、「卯月さん、足が遅いのに800mだなんて可哀相。私が代わってあげるよ」とは言ってくれませんでした。

こんな性格なので友達が少なく、いじめられっ子でしたから仕方ありませんが、
今でも恨めしい・・

短距離なら、まだ良いんです。
ビリではあっても、ビリから2番目の子と、そんなに差がつきませんから。

でも、800mです。
ビリから2番目の走者と、1周以上の差がついて、ダントツの最下位・・・
(そんな私の姿を、級友たちは嘲笑していたようです)
泣きたいなんてもんじゃない、死にたかったですよ。

だから、リレーで泣いちゃった女の子のお話、身につまされるものがありました。
泣いた理由が何だったのかは分かりませんが、
スポーツが得意で明るく活発な性格で友達が多くて…というタイプの子でないことは明らかですね。
リレーが嫌で嫌で、たまらなかったのでしょう。

「適任者が、引き受けてくれなかった」といえば、こんな出来事がありました。

例の、今年度の学級委員選出会(4月)です。
私は既にノルマ?を果たしているので選出対象外でしたが、とりあえず出席しました。
すると、4月に転校してきたばかりの子のお母さんに、話しかけられたんです。

「どうしよう、当たったら嫌だな~」と仰るので、
「知ってる?PTAって実は義務じゃないのよ。今ここで退会すれば、学級委員に当たることはないよ」と言いたくなってしまいましたが、
初対面の方にそんなこと、言える雰囲気ではなく・・・

「でも今、ここでやっておけば、来年以降は当たらないのよね?」と聞かれたので、

「うん。学級委員は、専門委員(広報・体育・ベルマーク)を兼任するんだけど、各専門委員の委員長は高学年の保護者と決まっているから、今年度に済ませてしまえば、委員長にはならずに済むよ。個人的には、ベルマーク委員が簡単な仕事だから、オススメかな。・・・あ!でも、各専門委員を決める前に、学級委員の中から、『学年長』を決めるの。学年長に当たってしまったら、ちょっと大変かも」

すると彼女、「そっか~・・・でも私、転校してきたばかりで何も分からないし、そのことを言えば、学年長は免除してもらえるかなぁ?」

私は、「そうだね、言ってみたら良いかもね」と、軽い調子で答えてしまいました。

そして、彼女は立候補して学級委員になりました。選出会の閉会後、私はすぐに帰宅したので、彼女がどうなったのかは分からなかったのですが・・・

先月のPTA総会で、配布された総会資料に、今年度の役員・委員の氏名一覧が載っていました。
彼女、学年長に当たっていました。。。

学級委員の中には、上にも大きい子がいて、もう何年も学校に関わっていて、過去にも(上の子の時に)学級委員を経験しているという人も居るんですよ。
でも彼女、免除してもらえなかったのですね。
“平等”にクジ引きかジャンケンをして、負けてしまったのでしょう。

もちろん、学校との付き合いが長いからといって、「学年長」なんて面倒な役、誰だってやりたくないだろうし、それを率先して引き受ける義務なんて無い。
そんなことが出来る御人好しは少ないでしょう。
私も、面倒なことは極力、避けたい性格です。
その立場だったら、いくら彼女より学校に詳しいからといって、「私が代わるよ」とは言えなかったと思う。
ですから、新入りの彼女が大役を “押し付けられた” ことに関して、どうこう言える筋合いではありません。
もしかしたら、「私は新入りだから、学年長なんて困る」というスタンスの人は、そもそも学級委員に立候補すべきでなかったのかも・・・

転校してきたばかりで、いきなり学年長。大変でしょうね。

ちょっと浅はかだったな~と思って、後悔しています。
彼女に「免除してもらえるかな?」と言われた時、「言ってみれば?」と軽く答えてしまったこと…

なんだか罪悪感です(><。) 
次に彼女に会ったら、いちおう謝っておいたほうが良いですよね・・・

おおっ、鈍足仲間がここにも! 卯月さんの両手をがしっと掴んでぶんぶん振りたい気持ちです!
それにしてもクジで800mにあたるとは…いったい何をしたらそんな罰が当たらなきゃあならないんでしょうかorzでも、でも、卯月さんは完走されたのですから素晴らしいです!800mって遠いですよ?グランド4〜5周はありますよ?よくやったって、中一の卯月さんを抱きしめてあげたいです。嘲笑ったやつら、許せん!アンパンチくらわせたい。

それにしても転入されてきたお母さん、大丈夫でしょうか? 「よし、知り合いを増やす機会だしやっちゃおう」という気持ちで学年長引き受けられたのならいいんですが、クジがなにかで当たってしまったのなら気の毒ですよね。
でも、卯月さんが「悪かったなあ」と思われる気持ちもわかりますが、もし長決めの場にいて「長は経験のある方がされたほうが…」などと口添えしても、それはそれで猛反発を食らったような気もします。
彼女にとって学年長がものすごく嫌なことかどうか、それはわかりませんけれど、話を聞いた限りでは「高学年ではやりたくないから済ませてしまおう」的に引き受けたような気がしますよね。それでキツイ学年長などをやれば、次はどうなるか?といいますと、退会する人などがいたら「ズルイ!」って当然なるだろうなと、そこも心配です。そういう意識の人の集まりになっちゃってるのが、現代型PTAですから。そういう「ズルイズルイ」の人たちにとって、法律上任意団体とか、そんなことどうでもいいんですよね^_^;ほんとうに、保護者の義務と誤認→クジやジャンケン選出、の流れって、まがまがしい種をどんどんまいてるんだよなぁって思います。

行事ごと、うちの子はいつも張り切ってます。我が家がイベントを何もしないからかしら。

違う学年で行事のときに見かける児童だったけれど、音にすごく敏感なのだろう子がいました。
学校行事って、大音量。
その子、大泣き。しばらくして、どこかへ連れて行かれる。もしくは大泣きのままそこにいる。
その子、ヘッドフォンしてることも。耳栓のかわりなのか、何かしらの音を聞かせているのか知りません。

子がそこにいたいのか、親が参加させる意義を感じているのか。
泣くけれど、喜んでると周りが感じるのか。
私には見当がつかないけれど、その場にいなくちゃならないのかなあ。
「去年よりも大泣き時間が短い、成長した」とか、あるのかなあ。

何も知らん者が、考えちゃいけないことかも、とも思う。

ぽぽさん、こんにちは!

そんな子がいるのですね。自閉症スペクトラムかもしれませんね(音声に関して特異な感覚を持つ場合がしばしばあるので)。まあ診断はさておき、明らかに行事を楽しめていない場合は、なにかほかの参加の仕方を考えたほうが本当はいいのでしょうね。困難なパートを持つ子も社会訓練は必要だと思うのですけれど、「行事」は人生で必須なものではありませんから…

>何も知らん者が、考えちゃいけないことかも、とも思う。

何も知らない人にとっても「どうすればいいか」がわかりやすくなれば、きっと「さまざまな人が生きやすくなる社会」になるのだろうなあと思っています。
日本は、集団の利害が個人の利害より優先するという考えを持つ人が多いように思うので、そうなると集団の利益にくみしない社会的弱者を排斥したりいじめたりする流れが起きやすいのじゃないかと思ったりしています。
給食事故で亡くなったアレルギー児の親御さんをバッシングする声がネットで集まってるのを見たときは本当にビックリしましたもん。

いじめ防止って、キャンペーンやったりパンフくばったりして「やめましょう」と言ったところでアリバイづくりにしかならないと思うのですよね。
教育理念自体、プログラム自体を見直さないと…
「親は子どものことを大切に思うはずだから、PTAは全員参加が望ましい」などと言ってる時点で、もうイジメの流れをつくってることに気づいて欲しいです。

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ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
ツイッターもあるヨ→@ bkk858

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