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2018-05

学級通信〜からの〜家庭通信

長男・太郎君の修学旅行の後の学級便りを見て、「うーんこれは久々にブログに書いておこうかな」と思ったことがあったので、まずはざっくりと、文章の意味とりづらいところを若干補足修正しつつ引用。担任教師の書いた文章である。

欠席の人に経費が返還されることを知り、「行かなければ良かった」と言った人がいました。感じ方は人それぞれで仕方がないかもしれませんが、楽しかったと思い出を大事にしている人からすれば寂しい発言ですし、楽しかったことを否定されて気持ちが良くなる人はいないと思います。自分にとっては楽しくなかったとしても、楽しかった人の気持ちを考え、気を使った発言ができればよかったと思います。

パッと読んでしまうと、「自分が不快だからといってあたりかまわずまき散らすのではなく周囲にも気を配ろうね」という一般的ないましめのようにも読めるので、まちがっているとは言えないかもしれない。
しかし私は大変に違和感を感じたので、それをこれから書こうと思う。

まず「修学旅行」の性質であるが、いちおう任意というか拒否は可能であるが、入学時からの学納金に費用が含まれて徴収されており、事実上の「全員参加前提」であると言って問題ないだろう。
学校として全員参加を前提にしたいのはわかるのだけれど「行かない選択が可能であり、その場合は既に納めた学納金から旅行費用分は返還される」という、言ってみれば契約上の重要事項が十分に説明され周知されていない疑いがあることは、担任教師は「寂しい」を言う前に問題とは思わなかったのだろうか?

また、生徒の感想からみて「わいわいガヤガヤと大集団で旅行に行く事を好まない個性」の持ち主である可能性があると思うが、そういった生徒に対して「行かなければならない」と錯誤させていた可能性はないだろうか。錯誤させていたとしてそれに問題はないのだろうか。

生徒が「(費用が返還されるのであれば)行かなければ良かった」という発言をするとき、必ずしも「そこまでのお金を払うほど楽しくなかった」という意味で、旅行の思い出をくさす目的とは限らないだろう。というより、お金が返還されるとしても生徒本人に返されるわけではないのだから、たとえば家庭の経済事情を思ってとか、同じ費用をかけるならば自分はひとりでももっと行ってみたい場所があったとか、いろいろな可能性は考えられないだろうか。

担任教師はもちろん修学旅行の準備も大変だったろうし、引率中の気苦労もなみたいていではなかったろう。「行かなければ良かった」と聞いてがっくり来る気持ちもわからないではないが、そこは一方的に気分を害するのではなくプロとしては生徒の発言の背景を考えてみてほしかったなと思う。

「感じ方は人それぞれ」とリベラルぽいワードはもってきているものの、「行かなければ良かった」が「行って楽しかった人たちを否定」というふうに一方的にとらえているのは、結局「楽しく感じろ」という願いの押しつけではないのか、と私は感じた。

「みんなが楽しく盛り上がっているのに同調して加わらなかったり、ネガティブなことを発言するのは、“みんな”に対する否定=攻撃」
この考え方が、学校にかぎらず日本のさまざまなコミュニティの中で、普遍的に顔を出すように私は感じている。
冷静に読んでみれば、当該生徒は「行かなければ良かったな」という感想を述べているだけであり、まわりが旅行の思い出を楽しんでいることに対して批判したり、行かなければ費用が返される説明がなかったことの苦情を担任に言っているわけでもない。

「行かなければ良かった——」これだけの心のつぶやきを表出することも許されないのであろうか、学校というところは。
しかも、個別に「そんなこと言われたら寂しくなっちゃうよ」と担任から生徒に言うのではなく、学級通信で公開処刑とはこれもまた、卑怯な手段ではないだろうか。

都教委のいじめ対策資料の「子どもが安心して生活できる学校風土の創出」の項目で、具体的取り組みの中に「学校教育相談体制を構築する前提として、一人一人の教職員が自分自身の言動に十分留意しつつ、日常から子供とのコミュニケーションを十分に図るとともに、子供の訴えを受容的・共感的に聴く姿勢を大切にする。」というのがある。

子どものつぶやきを受容的・共感的に聴くとはどのようなことなのか、具体的なトークスクリプトが示されているわけではないが、「行かなければ良かった」と言っただけで「平和で楽しい集団に対する反旗」とみなし、学級通信で吊るされてしまうという状況は、子どもに息苦しさを与えるに十分ではないかと思う。

そしてこの教師の対応が個別にどうのというよりも、日本社会にひそんでときどき浮かび上がってくるこの「同調圧力」というお化けに、単なる一保護者である私ですら折りに触れて嫌悪感を感じるのだ。

行かなければ費用が返還されることを知らされないまま「強制的な学校教育カリキュラム」と思い込んで行って、帰ってきてから費用が返還された人がいることを知った。「なんだそれなら行かなきゃ良かったな」というのは、きわめてありがちな素直な感想ではないかと思う。

たったそれだけのことすら「聞き捨てならぬ」みたいに反応する精神状態で、教師は担任クラスの生徒の気持ちを「受容的・共感的に聴く」芸当など出来るのであろうか。
都教委がきらびやかに掲げているありえなく崇高な芸当は、本当に教育現場で実行可能なものなのであろうか。

そんなことを思いながら、「行かなければ良かった」とつぶやいた生徒が、日本やその先の世界で、しっかり自分の生き方を身につけてくれることを祈ったのであった。

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なおこの学級通信は生徒全員に修学旅行の感想を五七五形式でうたわせるという趣向もついていて、生徒名は伏せられていたが、私は親として子どものうたったものくらいわからなければ!と意味もなく推測ゲームをがんばった。

○ウチの太郎君の作では絶対に無いものベスト2
 ・ひめゆりの 乙女の祈り 今つづく
 ・常夏や 期待の空色 雨模様

○太郎君の作であるおそれが高いものベスト2
 ・たのしいな しゅうがくりょこう たのしいな
 ・ちんすこう ちんちんすこう ちんすこう

※ちなみに高校生です(念のため)。
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ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
ツイッターもあるヨ→@ bkk858

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