2015-12

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へそまがりの小さな呟き

うちの子たちがまだ小さい頃、シュタイナー教育というのが一部で流行していた。子供に情報機器を与えず、自然の中で育て、自然の材料で遊ばせ…というたぐいのものである。
い、いや、シュタイナー教育は有名なドイツの博士だかなんだかが考案した、立派でちゃんとした教育体系であり、しっかりした学校もあちこちにあるので、「というたぐいのもの」とか「だかなんだか」で片付けていいようなものではないのであるが、そこはそれ猫に万札というか、犬にマタタビというか、しょせんその価値を理解しない人に評させてもこのような惨状になるということでどうかご理解いただきたい。PTAふうに言うと、ご了承下さい。

で、そのシュタイナー教育を信奉していて、家が羊毛ボールと松ぼっくりだらけだった友人が当時いたのであるが、その人がある日、ある私立保育園の噂を聞きつけてきて私にいっしょに見学に行かないかと誘ってきたことがあった。
「とってもいいらしいよ!」と熱心に言うのである。
「どういいの?」と尋ねると、
「シュタイナーらしいよ」と答える。
「シュタイナーだとどういいの?」とさらに聞くと、
「自然とか哲学とか人智とか…難しくてよくわかんなかったけど、でも、とにかくシュタイナーだって」
とのこと。
うむむ…。

もちろん私は、シュタイナー教育を否定するわけではない。というか、否定するほど知らないし、たとえくわしく知っていたとしても、「子供にどんな教育がいいかなんて出たとこ勝負」「なるたけがんばろう」くらいがせいぜいの身の丈で、「あなたはどんな方針で育児をしてきましたか?」ときかれても、「ハイ、真っ暗闇の中を“きっとこっちだ!”と根拠もなく子供抱えて走ってきてしまって、いまどこに居るのかも正直分かりません!」程度なのがホントのところなのである。
だから、シュタイナーという言葉だけでつられていってしまう友人のことを、まったく笑えるわけではない。

ところで何でいきなりシュタイナー教育のことを思い出したかというと、どうも最近「コミュニティスクール」という言葉が、なにか善いことのようにずんずん独り歩きしているような気がしてならなく、そのもてはやされぶりがなんとなくシュタイナー礼賛のかんじに似ているなぁとふと思ったからなのであった。

学校と地域の連携強化へ「コミュニティースクール」「チーム学校」促進 中教審が答申

コミュニティスクールというのは、文科省の定義によると学校運営協議会制度をカッコよく呼び変えた名称、あるいはその協議会を設置している学校の呼称で、「学校と保護者や地域の皆さんがともに知恵を出し合い、学校運営に意見を反映させることで、一緒に協働しながら子どもたちの豊かな成長を支え『地域とともにある学校づくり』を進める仕組み」であるとのことである。
同省は大変よさげなパンフレットを作成し、「コミュニティ・スクールの取組で広がる魅力」と銘打って、

<子供に とっての魅力>
● 子供たちの学びや体験活動が充実します。
● 自己肯定感や他人を思いやる心が育ちます。
● 地域の担い手としての自覚が高まります。
● 防犯・防災等の対策によって安心・安全な生活ができます。

<教職員に とっての魅力>
● 地域の人々の理解と協力を得た学校運営が実現します。
● 地域人材を活用した教育活動が充実します。
● 地域の協力により子供と向き合う時間が確保できます。

<保護者に とっての魅力>
● 学校や地域に対する理解が深まります。
● 地域の中で子供たちが育てられているという安心感があります。
● 保護者同士や地域の人々との人間関係が構築できます。

<地域の人々に とっての魅力>
● 経験を生かすことで生きがいや自己有用感につながります。
● 学校が社会的つながり、地域のよりどころとなります。
● 学校を中心とした地域ネットワークが形成されます。
● 地域の防犯・防災体制等が構築できます。

とメリットをうたいあげている。
なるほど、いいことづくめではないか。
素晴らしい。というよりこんなに素晴らしいことを、何故いままでやっていなかったのか? 文科省はこれまでの怠慢の責任を取りなさい! というのは冗談だが、ものごとには必ず、「現状そうなっていない理由」というものがあるわけで、何かというとすぐそこを置き去りにしてキレイゴトばかり並べる「役人話法」と根本的に相性が悪い私は、こういう政府刊行物は必要以上に注意深く読むことにしているのである。

事例集を読んでみても、これらはまさにPTAが目指してきた「社会教育」「教育環境の充実」「学校との連携」なのではないかと感じさせられる。しかし、
「子どもの学びや体験活動を充実させ」「自己肯定感や思いやる心を育て」「防犯・防災対策をし」「地域と連携して子育てに当たる」ことを目標としてきたPTAが「強制参加」「不参加批判」の泥沼にはまり、必要以上に攻撃的なレジスタンスを生むことになった(お前が言うなって…)現状を見るにつけ、文科省は同様なことを「コミュニティ・スクール」として制度化することで、もっとハッピーに自主的に強制なくできるようになると考えているのだろうか? という点が不思議である。
単にパンフで語られているように「連携しよう、それが子どもの環境を良くする」ならいいのだが、実際の事例集を見ると案の定、「学校業務がオーバーフローしてしまうから私達で責任もたなくちゃ」という、従来の強制PTAとなんら変わらない文脈でコミュニティスクールが語られているようすが散見されるのだ。

福岡県春日市のコミュニティスクール紹介文の中に「以前から積極的に保護者・地域住民を人材として活用していた○○小学校」という記述があるが、「人材として活用」といううつくしい書き方の裏側には「動員」があるんじゃないか? と疑り深い私は思うのである。
というより、動員なしに「人材として活用」が成り立っていたんなら、横文字の制度化などする前に、PTAが本来の意味で十分機能するはず、していたはずではないか?と思うのだ。

これまでPTA問題事例集、みたいなのをたくさん見聞きしてきたが、最初の出発点は「学校に保護者も地域も関わることで、より良い教育を」目指したものの、ボランティア精神とはほど遠い現場の運用で、有無を言わさぬ動員とか、参加できない人を非協力的と批判するとか、意見が合わず離れた人の子どもを排除するとか、そしてそれを「協力しないんだから当然」と正当化する(理解のない保護者のみならまだ笑えるが教員や学校管理職までも!)とか、さまざまな目も当てられない惨状に至っている事例が本当にたくさんある。

コミュニティスクールもすごくいい取り組みだとは思う。それと同じように、私はそもそもPTAという発想そのものを否定したことはないし、いい取り組みには違いない。
しかし、結局は「任意」のもので学校制度の貧困を補完しようとするとき、それが「任意」にて取り組まれない学校があった場合  たとえて言えば、月1,500円で協議員なんか引き受けていられない保護者ばかりになったとき  質の良い教育をたちまち提供できなくなってしまう学校教育というものは、なんなんだろうか?と考えざるを得ないのである。
結局それは、「スクール」の体質改善ではないのでは? 任意の取り組みに責任を分散してしまおうとする目論見  なにかこうPTAが思うように発展しなかったため別の切り口から制度化して本質的には同じことをやろうとしているくさい  に感じてしまう。

再三になるが、否定しているわけではない。しかし、コミュニティスクールが本当に素晴らしいのはそれが動員にはじまる「PTA類似問題」をクリアできたときだと思う。そして、「学校のオーバーフローを地域や保護者でまかなう」という発想から自由にならないかぎり、PTAもコミュニティスクールもこの同調社会の日本においては、いずれ同じ色と材質の壁にぶつからざるを得ないのではないかと思う。

念のため貼っておくが、根拠法はいたってシンプルなのだ。


地方教育行政の組織及び運営に関する法律
第三節 学校運営協議会

第四十七条の五  教育委員会は、教育委員会規則で定めるところにより、その所管に属する学校のうちその指定する学校(以下この条において「指定学校」という。)の運営に関して協議する機関として、当該指定学校ごとに、学校運営協議会を置くことができる。
2  学校運営協議会の委員は、当該指定学校の所在する地域の住民、当該指定学校に在籍する生徒、児童又は幼児の保護者その他教育委員会が必要と認める者について、教育委員会が任命する。
3  指定学校の校長は、当該指定学校の運営に関して、教育課程の編成その他教育委員会規則で定める事項について基本的な方針を作成し、当該指定学校の学校運営協議会の承認を得なければならない。
4  学校運営協議会は、当該指定学校の運営に関する事項(次項に規定する事項を除く。)について、教育委員会又は校長に対して、意見を述べることができる。
5  学校運営協議会は、当該指定学校の職員の採用その他の任用に関する事項について、当該職員の任命権者に対して意見を述べることができる。この場合において、当該職員が県費負担教職員(第五十五条第一項、第五十八条第一項又は第六十一条第一項の規定により市町村委員会がその任用に関する事務を行う職員を除く。)であるときは、市町村委員会を経由するものとする。
6  指定学校の職員の任命権者は、当該職員の任用に当たつては、前項の規定により述べられた意見を尊重するものとする。
7  教育委員会は、学校運営協議会の運営が著しく適正を欠くことにより、当該指定学校の運営に現に著しい支障が生じ、又は生ずるおそれがあると認められる場合においては、その指定を取り消さなければならない。
8  指定学校の指定及び指定の取消しの手続、指定の期間、学校運営協議会の委員の任免の手続及び任期、学校運営協議会の議事の手続その他学校運営協議会の運営に関し必要な事項については、教育委員会規則で定める。



根拠法を踏まえて思考すれば、「学校のオーバーフローを地域や保護者でまかなうのがコミュニティスクールだ」という発想が完全に逸脱気味、逸脱と言って悪ければ拡大解釈であることがわかる。

最初に引用したニュースを、国民の皆様はどういうふうに読んだのだろうか。
努力義務…「チーム学校」がいじめや不登校に対応する…地域連携担当教職員…学校を核とした地域作り…
いいことなんだよなぁ。絶対に、いいことにちがいない。
なんかかすかに背筋が寒くなるような気がするのは、私がひねくれているからなのだろう。
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Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
ツイッターもあるヨ→@ bkk858

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