2015-03

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人権侵害といわれてぎょっとしているコンサバのみなさまへ

「反省させると犯罪者になります」という本がかなりおもしろかった。そこに書いてあった主張に全面的に同意したわけではないが、「改悛の態度あり」による減刑を再犯者に対しても適用するのは明らかに論理的におかしな点があるのではないかと前から思っていた私は、我が意を得た記述も多々あり引き込まれて読み切った。

特に、犯罪加害者は被害者に対して怒りを感じているものだというレポートは事実だろうと思うし、彼らの頭の中は「被害者が○○したから自分は犯罪をさせられた」であり、犯罪はしてもいいことなのかどうかという根源的な是非は遠ざけられているというのは、身近な例に照らしても大変うなずける話なのである。

大事じゃないことを高らかに語ることで大事かつ不利益なこと覆い隠す手法、というのは世の中に蔓延していて、ヒトという生物をそういう視線から観察するのはとても興味深いことだと思っている。
グーグル翻訳に貼り付けてみるとこういうのは国際的にはTechnique to obscure thing to thing important and disadvantages to talk to loud that it's not importantというものらしい。ほんまかいな。通じるのか。ま、ホントの英語になってるのかどうかはしらんけどとりあえずこれをOLN話法としよう。

入学式で学校が保護者をPTAに“錯誤入会”させている、ということの是非を、管轄教委にたずねてみるといい。彼らは100%、「PTAがどんなに大切な団体でどう役立っているか」をうたってくる。これまで私の知るケースでは100%、である。PTAとはどんな団体ですか、など一言も聞いていないにもかかわらずだ。
うちの中坊ですら、正座をさせて
「教室でキャッチボールをしてもいいですか?」
と問い詰めれば、
「はい、ダメです!」
と明確に答える。
「保護者宛てのプリントはどうするんだった? 何枚もためてから丸めてバットにする?すぐ親に渡す?あれ、どっちだったかな?」
と凄めば、
「はい、すぐ親に渡します!」
と背筋を伸ばして答える。質問と答えが噛み合っていて実に気持ちよい。
(冒頭の本に書いてあった、百害あって一利なしの反省ロープレそのままですな…orz)

ところが、教委に「錯誤入会させても良いですか?」と聞くと、かならず「学校に通う児童・生徒が安全で楽しく幸せな学校生活が送れるよう保護者と教職員が共に考え連携・協力を図りながら組織している団体でありウンヌンカンヌン…」のごとく、ぬるぬるしたOLN話法をつかってきて胸クソ悪い事このうえない。

ま、教委は教委でそれがセオリー打法なのでやってるだけなのだろうが、保護者側も、コンサバか否かを問わず同じ論法に巻き込まれているのは非常によく見かけることなのだ。

例として、業界で有名なPTA漫画への感想としてこのようなブログ記事がある。
漫画に描かれているPTA活動と、自分のところの活動を比較したうえで、
彼女(ニコラさん)はPTA活動を苦痛にしているが(環境要因で言えばもっと大変なはずの)自分は大変でもなければ苦痛でもない。
それは、やり方に違いがあるはずだからだ。
最後は
「拝啓、たる野ニコラ様。PTAの問題点を考えてるけど飲み込んでる多くの皆様。
どう違うのか、もっと一緒に掘り下げませんか?」
と締められている。
つまり、「工夫次第でPTA活動は楽になるはず」と言っているのだ。
まぁ、そりゃそうだろうなあと思うものの…。

いやややや、ちょっ、ちょっと待って。
ニコラさんは、朝日新聞の記事を読んで驚いたくだりを見てもわかる通り、任意性を知らずに活動に巻き込まれているのである。
彼女の説明によれば、非正規の時給で月30万稼いでいるのであるから、どれほど余裕のない日常かは容易に想像がつきそうなのに、そんなところに「PTA活動」などというしょうもないものに「義務と誤認」させて巻き込んでいるわけである。
比べるまでもなく、問題点はひとつであり、「しなきゃいけないわけではない」ことを「しなきゃいけない」サギをしていることが大問題なのは明らかではないか。
そんな人に、PTAの改善を目指して、あっちのPTAとこっちのPTAを比較して掘り下げようとか言うのは、なんだかちょっとずれてないだろうか?
活動が多いとか少ないとか、内容の是非とか、子供のためになってるかどうかとかの話に持っていこうとするのは、OLN話法であり、後ろ暗い人の饒舌にすぎないのである(このブログ主が後ろ暗いと言っている訳ではなく、話法のはなし)。
「加わるかどうかの選択」を最初にさせてない、ということは「取るに足らない小さな問題」ではない。

PTA活動を「しょうもない」などと言ってまた無駄にコンサバをあおる私(笑)であったが、PTA自体がまったくの無駄だというわけではない。無駄だと切り捨てているわけではないのだが、ヒトというのは無限に活動出来るロボットではない。あたりまえだが生物としての個体であるから可動域の限界があるわけだ。数ある行動の中から選択して生きているのが人間なのに、その選択の機会をまず奪っておきながら、「できるかどうかの、あなたと私の比較」論をもってくるのはやはり異様だといわざるを得ない。

キャパ総量が100だとして、このお母さん(ニコラさん)はどうみても110、120やってる日常だ。
「たとえ効果がハッキリわからなくても、見守りしたほうがしないよりいいに決まってるでしょ!」「親ならみんなやる」みたいな論理で、PTA活動が「やるべきタスク」に自動的に上げられないのは当たり前だ。
数ある行動の中から、「PTAに参加しボランティア活動をする」という行動が「やるべきこと」に昇格する…つまりすでにキャパ比110のところで120、130こなせるようになるのは、その人自身にとってそれがそういう価値をもった時だけである。
その人にとっての価値がなければ、例えキャパ比90くらいの状態であってもそのうち0.1占有されるだけでも不快になるはずである。帰らない訪問販売セールスに1時間奪われたとして、「長い人生のなかでたったの1時間、怒るほどでもないわ。むしろ普段聞けないいい話が聞けて勉強になったわ」とニコニコしていられるのはかなりの胆力の人であろう。しかしコンサバの「たった年に1回の講演会のサクラがそこまで負担!?それなりにためになる話が聞けるしいいじゃない」というののしり文句を聞くと、彼女たちはそういう胆力の持ち主なんだろうなと思ったりもする。

そのように、時間に余裕があるなら少しくらいけずられたって問題ないはずだ、という理由づけによって、選択の機会を与えていない問題を過小評価する捉え方には根本的な誤りがあると思う。
よくある「PTAなんて専業主婦がやればいい」というモノ言いに対しても「違う違う」と私が思うのはそこである。

世の中に団体なんてものはたくさんある。
活動が大変な、入会したら寝る時間もけずらなければならなくなるような団体も、たくさんあるだろう。
しかし、そういう団体が「社会問題」となることはない。
まずは加わるかどうかの選択を各自がしているからだ。
そんな団体に向かって、活動が楽な別団体が、「もっと活動を楽にすればいいんじゃない?」とアドバイスしようというのもおかしな話だ。

PTA問題は、社会問題になっていると私は思っている。
なぜそんな問題になっているのか?といえば、「活動が大変だから」ではないのだ。
くりかえしになるが活動が大変な団体など、たくさんある。
「しっかり加入の意思を問わず、いつのまにか誤認加入させるような手法を取っているから」保護者社会の平和を乱しているのだ。
これが、OLNでない私の結論である。

読売新聞の発言小町「PTAを退会する保護者達」というトピックスは、
「PTAそのものの活動に、賛同できるか
きちんと確認をとるべきだと思います。
PTAの入会届と退会届があってもいいと思います。」
というトピックスであるにもかかわらず、
「今年度、PTAのある委員をやりました。
悪口等もなかったし、ママ友も増えたし、まるで部活のようで、とても楽しかったです。」
という回答がついている。
よく見かける光景といえばそうだが、うっかりすると巻き込まれそうなこの手の話法に注意したいものである。
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ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
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