2014-03

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お金をはらえばうまくいく?

PTA役員・委員をできないもしくはやりたくない人たちと、できるもしくはやりたくないわけではない人たちの間の感情的トラブルを軽減する方法として、たまに聞くアイディアとして「役員・委員・係に報酬を出せば良いのではないか」というのがある。
これは、発想が悪いわけではないが非現実的だと思う。

人の働きに対して賃金を払うというのは、それをフェアにするため…ひいては社員間の感情トラブルにならないために、一般企業でも相当のコストをかけている部分なのである。
人事評価制度もそうだし、管理する以外の生産性がなくても「管理職」には実働部隊よりもむしろ(個体あたりは)コストをかける企業のほうが多いだろう。(まぁ実際の現場では「マネジメントは重要な仕事だから」以外の理由も有るわけだが…)
団体みずからの活動内容すら見直すシステムも自浄作用もない多くの違法PTAで、そんな機能がまともにはたらくワケはないのである。

具体的には、役員会議出席に手当てを出すとして、時間単位なのか? 回数単位なのか? 回数単位であれば、途中退席や遅刻の扱いはどうするのか? かといって時間単位にすれば、だらだらと延ばせば延ばすだけ稼げることになる。そんなものに他の会員が納得するのか? そもそもその会議がコストをかけてまで開催必要かどうかは誰が管理・評価するのか?
そんなことまで毎年検討し、議決し、該当の管理者を決め…などとしたら、もともと有効かどうかよくわかんない業務の上にさらに管理業務を積み上げることになり、ばかばかしいことこの上ない。
しょうもない空回転としかいいようのないありさまであろう。会費を前年通りで集めてから使い方に頭を悩ませてるようなPTAにしっくり来るといえば来るが…。
単純にわかりやすく、「役員を引き受けたら何円」としたとしても、役員として期待される働きをこなさなかったらそれこそ「フリーライダー」問題が発生するのは目に見えている。
保護者の一律強制加入に失敗したらその保護者をフリーライダー呼ばわりするようなイカれアンポンチンも珍しくはない「PTA社会」であるから、役員報酬もらって働きが悪かったらどんだけの凄惨な陰口をたたかれることか想像に難くない。

名前を挙げて批判すると問題があるのでかりに「どこそこ連合体」としておくが、あるどこそこ連合体はそういう「業務をおこなうための業務」が肥大しすぎてワケわかんないことになっている。
①連合体は、広域組織である。
②組織であるから会議をやらなければならない。会議をやって、目的や活動内容を決める。
③組織であるから会費を集めなければならない。それをとりまとめる「本会計」が必要になる。
④本会計に対する窓口が必要になるから、各、子組織での「会計係」が必要になる。
⑤会議をやるためには場所が必要なので、それをセッティングするための「会場係」が必要になる。
⑥会議のメンバーは子供を持つ母親たちなので、子供を会議中みるための「保育係」が必要になる。
⑦保育には保育室が必要なので、「保育室調達係」が必要になる。
⑧会議には資料が必要なので、その資料を作成するための「書記」が…
⑨そして資料は印刷しなければならないので印刷機の手配の「印刷係」が…
⑩できあがった印刷物を事前に配布するための「配送係」が…

というように、①を起点としてキリもない話になり、いちばん最初の「①をなんでやってるのか?」を会議にて議論し合う、というギャグのような状態になってるわけだ。

単位PTAはそこまでアホなことにはなっていないだろうが、管理業務を積み上げるとすればこれに通ずるバカらしさになってゆく可能性はあるだろう。
また、あまり大きな声で言うとPフォース系におこられるとは思うのだが、「そもそも報酬を出すにあたいする仕事なのか。そこまでしてやらなければいけないものなのか」という根源的な問いをつきつけられた時点で、PTA活動の多くは答えを返せずに行き詰まるんじゃないかと思う。
そこをあまり深く掘り下げて考えていないからこそ、「PTA」と称してなんとなぁ〜く活動がつづけられているわけで、真剣に費用対効果を考えたら「それでも生き残る」活動などごくわずかになってしまうような気がする。

個人的には、(私がPTAというシステムに賛成しているかどうかはとりあえず置いといて)学校の子供たちのために1年間頑張って務めてくれた方には、気持ち程度(たとえば数千円とか)の何かしらはあっても悪くないとは思う。
現状、うちの小学校PTAでは「報酬を出すのは違う」という考え方なのか何なのかはわからないが、年度末に委員にはお菓子が配られる。しかし、お菓子を何にするか頭を悩ませ、数を揃えて購入し、賞味期限内に手渡しし、というところにまた人的コストをかけるぐらいなら、そんなまやかしをせずにキャッシュや金券を配ったらいいと思う。(どうでもいいけど“お菓子”って、今どきうれしいかな? 子供でもあんまり喜ばないけど。。。)
ただ、それも「気持ち程度はアリ」という話であり、「役員の報酬化」は、感情トラブルを拡大させこそすれ、「いつも仕事を押し付けられる」人たちをなだめて保護者間を平和にする効果など、とても期待できそうもないと思うのであった。
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アタシバカだからすぐひっかかるのよ

前からモヤッとしていたことを、結論の出ないままに本日は書いてみようかと思うのだが…。

うちの子どもが通っている小学校は
「郊外市立三多摩小学校」
といい、そこで活動しているPTAは
「郊外市立三多摩小学校保護者と教職員の会」
という。
略称は「PTA」を使用しているが、上記が正式名称である。
「これってまるで、PTAが市立みたいではないか?」
「市立というのは、誰でも名乗って良いものなのか?」
というのが私の「モヤッ」の内容である。

「郊外市立三多摩小学校校門前土曜朝市の会」
は、名乗ってオーケーか?
毎週土曜日に学校のグラウンドを借りて活動している私設クラブチームが、
「郊外市立三多摩小学校サッカークラブ」
は、オーケーか?

学校名が省略気味になるともっと微妙な気がする。
「郊外市立三小おやじの会」
とか…
「郊外市立三小ワインの会本部」
「郊外市立三小老人クラブ事務所」
とか、コンクリート造りの民家の表札の横に書いてあったら、なんか市立施設であるかのように錯覚しないだろうか?しない?あそ。

なんか東スポ(注)のタイトルの
「猪木死去!          か?」
みたいなのに通じる気もするんだけど…(うまく言えない)

名乗りたいのはPTAなのに、なんでそこで「市立」を冠するんだよ、と思うんですよね。
PTAが市の団体みたいでまぎらわしいじゃん。
「市立」は、「学校」にかかってるんです。って反論してくるんだろうけど、なんか屁理屈ぽいし、「国立大学法人東京大学入学者養成校」って名前の予備校みたいでうさんくさすぎるだろう。どうですか。

法律がよく分からんのだけど、「○○市立」って、市立ではない団体が勝手に名乗っていいもんなのかな?
学校名抜いて、「郊外市立PTA 三多摩小分科会」って称したらさすがにおこられるんだよね? どこに怒られるのかはよくわからないが…

どっちにしたって市立っていうのをひっ付ける必要、まったくないと思うんだけどなあ。
なんだかすみずみまでひとつひとつトリッキーなんですよ、PTAって。なんでだろ。

※注…ギョッとする見出しのすみっこに小さく「か?」を書くのが常套手段になってることで有名な、東京スポーツ新聞というのがあります。ローカルですいません。

アスリートマザー養成機関

もうすぐ任期も終わりだが、ここウン年は子供のスポーツチームの世話役をやっていた。仕事内容をものすごく大ざっぱに言うと、子どもの保護者に仕事を振り分けるのが仕事、となる。
なんの気なしに引き受けたのだが、そこで多くの驚くべき反応を、お母さんたちから見せてもらうこととなった。
まず、何かの当番を依頼したとして、前日に子供の体調が悪くなったとする。
そうすると、かなり多くのお母さんが、子供を置いてきてでも責務を果たそうとするのだ。
私が「とんでもない、お子さんが病気なら家で見ててください」と言うと、けっこうビックリしたように「え、いいんですか?」と済まなそうにする。
そんなものはいいに決まっている。自分の子が出ない試合やイベントの手伝いを、病気の自分の子をおいてしなきゃいけない理由がさっぱりわからない。

あと、何かの荷物運び(大量)を依頼したときに、「大丈夫ですか?」と言うと「はいわかりました大丈夫です」と言うので、安心して任せていたところ、実は彼女は運転免許を持っておらず、自転車で片道2kmの道のりを何度も往復して運んだことがあとで発覚した。
「な、なぜ車が使えないと言わなかったのですか?」とびっくりして聞くと、「それは私の個人的な都合だから」と言うのでひっくり返ったことがある。

また、次の世話役を決めるために集まろうと声をかけたところ、「●●のため、あれをああしてこれをこうしてなんとかしようと試みましたが(←とにかくいろいろ調整しようと努力したと、あれこれ)どうしても行くことができません。委任状提出ですか?」と聞かれたのにも仰天した。
別に来れる人だけでいいし、ただ「相談するから集まろう」と言っただけなのに委任騒ぎとは…ひええである。
ほかの決めごとで招集したときにはそんなことはまったく言わなかったのに、「次の委員決め」みたいな案件になると急に委任状とか言いだす人が出てくるのは何故なのか??

「巨人の星」「アタックNo.1」などに代弁されるスポーツ根性を刷り込まれた年代なのかもしれないが、どうも私はこのお母さんたちの筋肉質な責任感は、PTAや子ども会で鍛えられてるんじゃないのかという疑いをぬぐい去ることができない。

ともに考え行動し学校運営に責任を果たすPTA活動

↑こんなの見ちゃうと、100人足らずの学校でこんなにイベントやられたんじゃ死ぬわ!みたいな感想も持つし、なんでPTAが学校運営に責任を持つんだよ〜おいおい、みたいな脱力もあるし、とうてい私のようなフヌケヤロウの主婦モドキの無理目か〜さんが平和に住めるような地域ではないなぁと感じる。
しかしながら、現実にはこの地域の保護者さんがたはきちっきちっと自称“責任”をはたしておられるのだろうから、この地域にて子どもを入学させたお母さんというのは、自然に筋肉質な精神の方々に育っていくのだろうなぁ〜などと妙に感心してしまった。

それでフト思いついて、日本PTA全国協議会の会長あいさつってのを見に行ってみると、予感はズバリ当たって、
「責任」
という単語が4回も出てくることがわかったのだよね。
まず初っぱなから「これから更に責任ある組織であり続けることを決意しました」と言ってるんだけれども、誰に対するどんな責任なのかは、最後まで読んでもちとよくわからなかった。

ははぁ、こういうのを読んで、PTAとは(なんだかしらないけど何かに対して)責任を果たす団体である。という思想にいつのまにか取り込まれたお母さんたちが、なんだかすごい筋肉質な保護者に育っていく。ような過程が、うっすらちょっとだけ見えちゃった気がしたかも。
かも、だよ。

あっ、そうか!! 全国P連総会(だっけ?)とかってのは、一種のオリンピックなのかあ。そうか。

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ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
ツイッターもあるヨ→@ bkk858

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