2014-02

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ブラック自治会には気を付けよう

「PTA問題を元PTA会長が解説する」というおもしろいブログがあって、ここの主のすじさんという方は勝手にリンクをはっても怒らないと思うので
自治会?町内会?これじゃ違法PTAなどなくならない(怒)
という記事を見て思うところを書くことにした。

自治会というのは単なる「近所の寄り合い」ではなくて、地方公共団体が補助を出して「民のみんなは自治をがんばっとくれ」ということで推奨しとるわけである。なんでかっていうと、民がバラバラだと個別対応しなきゃいけなくて大変なことでも、まとまってくれてると色々便利なわけですよ。ぶっちゃけラクチンだと。
東京都で言うと「地域の底力再生事業助成」などと称して金もバラまいている。
これは任意団体である町会や自治会が都の思惑通りの事業してくれたら金をやるよというもので、それは4種類あって
防災・節電
健全育成
高齢者見守り
防犯
となっている(25年度)。
防災と節電がいっしょかあ? という気もしなくもないが、まあそれはいいとして、つまり都が「自治活動がこれをやってくれたら助かるわん」と思ってるものに「高齢者の孤立防止」がハッキリあるということだと思うのだ。
私は自治会規約には暗いのだが、たいがい「相互扶助」とか「連帯」とか「親睦」とかそういうことがうたってあると思うたぶん。

そういう観点から言うと、ほんらい自治会とは身の回りのこともやっとになってきた高齢者とか、障害者とか、子供とか、それを育てて大変な思いをしている親とか、そういう人たちも、地域を通してかかわり合うことであったかい助け合いが少しでもできると好いね、というような発想のものなのであろう。その発想自体はすばらしいと思う。
都の施策でも「高齢者見守り」と打ち出されてるくらいなのだから、高齢者は特に増え続けることもありあっちこっちで孤独死されたら由々しき問題でもあるから、地域でひとつ頼むわということなのかもしれない。

そんな目的を持つ自治会なのに、年取って手伝いなどが無理になってきたら抜ける他なくなる(=会員でいる限り活動の強制はなくならない)とか、抜けた途端「じゃあみんなのゴミ捨て場使うなよ」と排除するとか、いったい何なんだろうな〜と思う。
補助を出している以上、やっぱり市区町村がコンプラ管理をしなければならないはずではないだろうか? それを、「あれは任意団体だから統制支配介入はできません」と、自治会からはじき出される高齢者を見て見ぬふりするなら、まったく酷い話だと思う。そんな団体なら、いっそ最初からなくして強制動員イベントもやめたほうが、ご近所同士仲良くできるというものだ。
酷い話だけど、なんだかどっかで聞いた話だな〜。

まっとにかく、「キツクてもう無理」と高齢者が抜けるような自称「自治会」は、その時点で主目的を見失い運営に失敗していると断言してかまわないと私は思う。いわんや、抜けた高齢者を「ゴミ捨てさせない」とイジメるような連中をや。

*** 閑話休題 ***

ウチの近くに神社があって、毎年お祭りの時に(たぶん自治会による)お赤飯の炊き出しをやってたんですね。お手伝いの人や集まってきた子供達にあげてたらしい。私は行ったことないんだけどウワサで。
去年うちの子供が通りがかったとき、そこのおじさんが「食べてけ持ってけ」ということで持たせてくれたのですが、それがセブンイレブンの赤飯おにぎりになってました。わはは。
赤飯なんて、大量につくるのひと苦労だもんね。昔と違って子供、あんまり喜ばないし。
「もーやってらんないわよ。いいわよこれで。」と言う自治会のおばちゃんの声が聞こえてきそうだ。おばちゃんGJ。神社なのにセブンのおにぎり。いいじゃないかぁ(松重豊の声で)。
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僕の心はモンスター

人間の中には、制御しがたい魔物がいくつか有って、生きるとは迷惑な他人や理不尽な環境とのたたかいというよりも、もはやその自分の中の魔物とのたたかいに終始するだけではかない一生などあっという間に終わってしまうのではないかと思っている。

魔物にはいろんな種類が有るのだが、その中でも倫理エゴというのはなかなか手ごわいものだよなあと思ったりする今日この頃。

私はおもに布おむつで子供を育てた。理由としては、私自身が肌に「化繊類」があたるのが嫌いであるため、「どう考えても木棉のほうが気持ちいいだろう」という憶測からである。これが正しかったのかどうかはさっぱりわからない。子供に「布と紙どっちが良かったと思う?」と聞いてみたところで、もはや「なにそれ覚えてない」としか返ってこないのは自明である。

そして、布おむつで子供を育てることを是とする人々の団体に一時加わっていたこともあったのだが、なにか合わないものを感じいつしか退会してしまった。なにがどう合わなかったのか、当時は自分でもよくわからなかったのであるが、今にして振り返ると、おむつの種類を私はただ単に「こっちがいい」と選択していただけなのに比べて、そこにいた多くの方々が「布おむつを使うことは善である」と、おむつの種類を「倫理」視していた点に合わなさを感じていたように思う。

知人に、子供を3人産んで、しかし料理が嫌いなため子供の食事というものをほとんど作らないお母さんがいる。同じ敷地内に実家があるので、親(子供達にとっては祖父母)が毎日食事を作るのだということだ。じゃあみんなで実家にちゃっかり押しかけてごちそうになってるのかと思いきや、子供だけを実家に行かせ、自分は面倒なので適当に缶ビールとつまみとかで済ませているらしい。夫の食事はどうなってるのかまでは聞かなかったが…。
なんにも悪いことではない。誰が食事を作ろうが、誰がどこで食べようがそのファミリーの勝手だ。
なのに、私はその話を第三者から聞いたときに、うっかり「何のために産んだのかしら」と言ってしまったのである。
私自身が食事を作って子供に食べさせるのが嫌いではない、というかむしろ好んで一生懸命やってるクチなので、もし自分が「子供の食事を一切作る必要がないし作りたくもない」という話になってしまったら「じゃなんで産んだの」みたいな極端な答えが出てきてしまうわけだ。言うまでもなく子供は「飯を食わせる」ために産むわけではない。それは頭ではわかっている。
子どもを産んだんなら、ごはん食べさせてやれよ〜と思うのは、親が子供にちゃんと食べさせることが倫理であると勝手に考えている私の「倫理エゴ」であり、知人のファミリーはだれも困っていないのだから何ら問題はないのである。
でも、なにかっていうと頭を出すのだよね倫理エゴっていうものは。それは、頭で考える道理判断とは別に、人の業として勝手に生まれてきてしまうものらしい。
アサツー・ディ・ケイの出した本で各家庭の食事をリアルにレポートしたものがあってタイトルは失念したが、そのひどさに暗澹としたものだけれど、その“暗澹”じたいも単なる私のエゴといえばエゴなんだろう。
いや、食事がひどくなり文化がすたれる、というのはエゴではなく、本当に文化の危機だとは思うのだが(そしてその見地からその本はしっかり書かれており著者の「倫理エゴ」を発表しただけの本では全く無い)、私の「暗澹」の感情にそんな高遠な検討も統計も含まれているわけもなく、ただたんに「とんでもないわぁ、あんなもので食事にするなんて…」という程度の感想でしかないからだ。

それでも、私が布おむつを使いながらも布おむつ礼賛運動に別に興味がなかったのと同じように、同じ国文化を共有していても、なかなか倫理観まで簡単に共有することはできないものだ。逆に、倫理観という個人固有のものが、簡単にぬりこめられてしまうような社会というのは、戦中ニッポンのような怖さも併せ持っていると言える。そのような当たり前のことを、少なくとも頭の理屈の中だけでもいいから、しっかりと認識しないと、多様化してゆく社会は非常に生きにくいものになってしまうかもしれない。

以前ぴーなっつさんに教えていただいた「PTA倫理的義務論」も、単なる個人の倫理エゴの拡大解釈であろうが、問題はこれを(言葉は違えど)唱える人口が、少なくとも現時点で手は日本国内にとても多いという点である。
私が、つい「何のために産んだの」と言ってしまうのと同じように、倫理エゴは道理を超えて人の心を支配しがちなものである。
コンサバに「PTAは任意加入で入退会自由」とゆるぎない正論を言ってみたところで蛙の面にションベンなのは、そういう理由なのであり、完全にアプローチの方向がずれちゃってると感じる論戦がネットのあちこちでなくならない原因でもあると思う。

彼らは自分たちの倫理観を共有しない「非会員」に怒りを感じる、というだけのきわめてシンプルな話でしかないわけさ。

コンサバの謎に迫る

心の中でずっと疑っていたことがなんだか最近鮮明になってきたように感じるので、ここらでひとつ言葉にしてみたいと思うのだが、それは、
「PTA活動が大嫌いで極力やりたくないと思っている人たちこそが、コンサバ群を形成するのではないか?」という疑いである。
私は、PTAという組織のあり方と、その下っ端になって意味のない活動をやらされることが大嫌いであるが、子供の学校にいって読み聞かせをやったり、祭りの手伝いにいったり、会計をやったり書類を作成したり、というようなボランティア自体はとくに嫌いなわけではない。
必要と思えばやるだけの話だし、それでたとえば自分はやったけど他人がやらなかった、としても、だからどうこうというものでもない。
実際、他の任意団体ではそのスタンスで支障なくやっている。
PTA活動も、彼らが任意団体のくせに勝手に学校を占拠してることもわきまえず、うちの子供を活動対象にしてることを盾に取って「自分の子供も恩恵を受けているのだから当然加入してもらうしあれもこれも従ってもらう」などとわけのわからん態度に出てこなければ、自動加入の会員のままで、平和にできる範囲でいまでもボランティアをやっていただろうと思う。
実際には、退会して団体の外に出ない限り、「平和なボランティア」というのができないことに気づいてそうするに至ってるわけだが…

私は、PTAのナニサマぶりや失礼さや無意味さが嫌いなだけで、「金や労力を提供などするものか!」と言っている訳ではない。
コンサバというのは、私と同じようなレベルの参加意識(時間と手が空いてて意義を感じるならやってもいい)を持ちながらもPTAに対してアタマに来ない人たちであり、まぁいいんじゃないの?的に少々の変なこと(自動加入とか)も受け入れられる体質の人々なんだろう、と従来なんとなく思っていたのだが…実は、本当はちがうのではないか?と感じることがけっこうある。
本部役員の中に、非常に横柄で失礼な態度の人に遭遇することがまま有る…のも、実は彼らが本部役員の仕事を心中では嫌っていて、それを敢えて、みずからを犠牲にしてやってあげているんだ、という被害者意識というか恩着せ意識が生まれているからなのではないだろうか。

「まるおの雑記帳」で、いかに押しつけの無い、母親たちの気持ちを最大限に汲んだPTAに改革したかを蕩々と述べ、入退会自由の原則の大切さを訴えるまるおさんを「現場を何にもわかっちゃいない」と鼻で笑っていた「経験者」氏も、いざ会費を「みかじめ料」呼ばわりで茶化されると「あんなに必死に取り組んだのに!」と恩着せ意識全開でキレまくるところを見れば、彼とてPTA活動のことを楽しんでいたというよりもむしろ、心の中では嫌って、負担視していたのであろう。それを敢えて成し遂げたという誇りを傷つけたのは申し訳なかろうが(言ったのは私じゃないけど、まあ“みかじめ料”という表現については完全同意だし)、そもそもそんなこと言われてキレる心に「報われたい。報われなければおかしい」という気持ちがひそんでいるところが、PTA問題の根深さとも言えると思う。
経験者氏が自校PTAを改革したのは素晴らしい業績だと、そこは素直に考えている私なのであるが、ただいくら立候補制にこだわり「有志」を大切にしてますと宣言してみたところで、「嫌だけどやらなきゃならんものだ」「それをやってあげた」意識から自由になることは当の会長本人もできなかった、というところであろう。私自身も子供が食事を残せば「せっかく作ったのに」などと言っているのだから大してレベルは違わないが、かように人間とは弱いものである。

該当の大げんか(?)コメントがぶら下がってる記事はこれ

コンサバが本音ではPTA活動を嫌っていることの証左として、その手の人々が書き込んでいるような掲示板を見にいくと、このようなことが書かれているのを目にする。
①パソコンが使えるなどと知られてはいけない。知られたら仕事を押しつけられるから。できないフリをして、プリンターもありませーんと言い通そう。
②携帯のナンバーディスプレイを利用して、PTA関係者だったら出ないようにしよう。
③業務内容に口出されるようなら、その人に役員やってもらおう。
④仕事で忙しいのも下の子がいるのも妊娠してるのも自己責任。泣いても苦しんでも知るか。
⑤役員になったくせに仕事仕事で全然来ない人は、来年も役員やってもらう。
⑥役員をやらずに終わることを、「逃げ切り」と表現。

かなり引く内容だが、このようなことを言うひとが別段珍しくもないというのも事実なのだ。とにかくどうやって自分はやらずに、他人にやらせるかに一生懸命。なにか、非常な違和感を感じてしまう。そんなにまでして人に押しつけなきゃ気が済まないんだったら、はなからPTAやらなければいいのに、なぜ入会して活動してるのだろう。「PTAが大嫌い。なにがなんでも他人に押しつけたい」のは、私のような非会員じゃなくて、むしろ会員の彼女らではないのか? という思いがわきあがってくるのだ。
低学年で立候補のジャンケン大会になるのも、いかに彼らがPTA活動を嫌っているか、自分のPTA仕事を最小限にし、しんどい仕事を人に押しつけたくてたまらないかを表しているだろう。

そしてさらに謎なことがあるのだ。
そんなに嫌いならとっととやめりゃ〜いいのに、いざ「任意ですよ、やめられますよ。PTAやらなくていいんですよ」と知らせても、決まってコンサバの皆さんはしり込みするのだ。
ぶつぶつ不満は言うのに、いざ「活動のコレとコレをやめるか続けるか」みたいなアンケートをとったとしても、たぶんどちらかといえば「無反応」が多く、「今すぐ止めましょう」と積極的に声を上げる人は少ない。と思う(たぶんだけど)。

それとともにいつも思うことなのだが、
学校にPTAはなくてはならない
と軽く言うコンサバはとても多いのだが、では、
本当に、PTAという団体がなければ学校は成り立たないのか?
という問いにがっぷり四つに取り組んでいる論者を見たことがない。
理由は簡単。Noであることが明白だからである。
あるPTAではやっている事業を、やっていないPTAもある。
それどころか、PTAそのものがない学校もある。
もうそれだけで、1秒でいとも簡単にNoという結論が証明されてしまう。
だから、論ずるまでもない、というか、論じちゃいけないことであり、「○○なんだから必要ですよね!?」のような感情論にイキナリ転がり込む他ないわけだ。

それにしても、本当に嫌だ嫌だと思っているんなら、「そもそもなくたって何とかなるんだからやめましょう」という意見がもっと出ても良さそうなものである。しかし、そういう声はめったに出ない。

なぜなのか?
なぜ無反応が多く、本気で変化させようという動きが出ないのか?
もちろん、全員が無関心すぎて、「そんなことすら面倒」ということもあるだろう。
しかし、もっと深い心理があるのかもしれない。
PTAがまったく任意・フリー・有志のボランティア活動になってしまうと、人を堂々といじめてうっぷんを晴らしたり、怒りをぶつけたりできる場所がなくなってしまうから、意味がない…という推論は、あまりにも突飛すぎであろうか…。
うっ、なんだか怖い話になってしまった。

5月のなっとう

冷蔵庫の中から賞味期限2013.5.30のなっとうが発見されるという事態に対して、なにかこう「ああ、それはぶきゃこさん悪くないわよね〜」とか「うんうんそれは誰でもあることよ仕方ない」などという支援コメントがもらえそうな理由付けを探してみたのだが、あいにく作文能力の限界を迎えそんな言い訳があるはずもないのであった。
自分で自分にドン引きであるが、やっちまったものは仕方がない。

エクセルで計算してみると256日超過している。
畑をたがやし大豆に水をやって育ててくださった農家の皆さん、なっとう菌を植え付けあたたかく発酵させてくださった工場のおじさん、なっとうのために保冷剤まで用意して東京のはずれの我が家の玄関先まで届けてくださった生協のお兄さん、がたの気持ちを256日間も無にし続けてしまったかと思うと涙がるる止まらない。
とてもじゃないがそのままゴミ箱に捨てることなどできないので、ためしにフィルムをはがしてみた。そしたらなんか全然フハイ臭がしないのよね。というか、熟成された味噌のような、なにやらかすかなアルコール香とともに、ねっとりと誘われるようなコクの感じられる香りがする。
むしろ何か、風薫る5月の明るい陽射しがさわやかになっとうパックの中からさしこんでくるような、ほかっとした魅惑の発酵香なのであった。
なっとうよ、ああ5月のなっとうよ。よくぞここまで我が家の荒あらしい冷蔵庫消費に耐え、同僚のなっとうが次々に連れ去られ消費される中、ひそやかにつめたい冷蔵庫の奥で、愚直に発酵を続けていてくれたものだなあ。古文で言うと、くれにけり。あゝ。

愚言はさておきかき混ぜてみる。やや粘りがなくなっているようだ。もはや生なっとうというよりも骨董品、歴史モノのカテゴリーに入ってきているのだろう。豆の表面に白っぽい麹の花?のようなものがポツポツと咲いて、控え目ながら高級貴重品の風格すらある。「糀」とはよく書いたものだ。

しょうしょう腹を壊したところでどのみち老い先もたいして無いので、思いきってあつあつご飯にのせてぱくりと食べてみた。

うっ…。
うっ、ま〜い!
なんだこれは!
瞬間的に、海原雄山の顔になった私。ぬおおおっ。

なんかねぇあの、世界何大チンミって感じですなこれは。深〜いコク、失われていない豆の香り、口の中で爆発するアミノ酸(? よくしらんけど)、まろやかでほどよい塩味。地酒の蔵元で吟醸酒の酒粕をかじらせてもらった時のような、噛めば噛むほど芳醇にふくらむ発酵香…。

これはホントにチンミ。折しも、ちょっと前にフォアグラ食べたんですが、この5月なっとうに比べると、たんなるアブラレバー野郎ですなあれは。5月なっとうの圧倒的勝利。驚きの珍味、いやあうまかった。ぺろぺろ。

※私もつくろうと思ってる読者の方へ…(えっ、いない?^_^;)

ええと実は同じロットのが2個あって、片方は、フタ材のフィルムが一部やぶれていたので、豆が黒くなっていて食べられませんでした。
だから、密封型のカップ納豆とかじゃないとだめですたぶん。包装の甘いものは、雑菌が入って普通にくさると思います。はい。

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ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
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