2013-02

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そもそもの組織がもう変①

日頃からPTAのなにがおかしい、かにがおかしいと言い続けていて、自分でも良く飽きないものだと半ば感心しているのだが、それにしても根本的に、原理的に、いちばんさいしょっから、おかしいと思っている点がある。

それは、教師と保護者で出来ている団体が、学校の便宜を図る、という点である。
PTAの多くは「教育環境の充実」というやたら美しい言葉を理念に掲げているものと思うが、いざその理念をどのように実行ベースにのせているかというと、「学校協力」「学校支援」と安易にすりかえているところが多いのではないだろうか。
協力や支援といってもまだ美しいが、ようは便宜を図ることを目的にした団体ということである。
三多摩小学校PTAの例で言うと、ご多分に漏れず「ベルマーク運動」というのがある。
これは、ようは金集めだ。いろいろとゴテゴテと言葉や理念を飾り立ててはいるが、ようは金集めである。
金を集めて何をするかというと、学校にモノを寄付する。
この行為を指して、「学校に便宜を図ることを目的として活動している」と呼んで悪いのであれば、ぜひともコメント欄で正々堂々と議論を挑んできていただきたい。

ちょっと想像していただけるとありがたいが、ここに「全日本みかん連合協議会」という全国組織があり、その加盟団体として「愛媛県みかんアソシエーツ」という任意団体があるとしよう。この会員が、えひめ飲料の社員がほとんどであり背中に「POM」などと書いたTシャツを着て活動しているとしたら、この団体がいくら「みかん飲料やみかん製品、みかん業界全体の振興を図るために設立されたものであり、特定の企業や公共団体の思惑どおりに動いたり、支配や統制を受けることはない」という理念を掲げていたところで、誰か信じるだろうか?

教育環境の充実を図るために必要なことで、教師や学校にとってかならずしも都合が良くないことなどたくさんある。
団体の活動が「学校のための活動」に結局なってしまっている現状で、議決権を持つ会員として「教師」がデフォルトになっているのは、何かおかしくないだろうか?

私は8年間PTA会員だったが、PTA会議等において「子供の教育環境充実について」というテーマで一般教師を交えて話し合ったことは一度もなかった。
教師がPTA会員としてPTA活動に積極的に関わっている、という実感を持ったことも一度もない。
(教師が教育に無関心ということではない。PTA会員活動という視点で見ると、だ)
またPTA会員として熱心な教師がもしいたとして、学校の利害を離れた発言や活動が実際問題として可能だとも思わない。
にもかかわらず、PTA幽霊会員として「教師」を入れることで、学校寄りの活動ばかりすることになにやら正当性を持たせようとしていないだろうか?(さあ、この文の主語は誰でしょう)
PTAは表向き、「公の支配に属さない団体」であるが、教師抜きの親だけの団体を学校で活動させることに消極的な何かが、管理組織(教委)にあるような気がしてならない。

本当の本来の目的であるはずの「会員の社会教育」を中心に自主的な活動をするためには、むしろ学校からある程度離れて活動した方がいいのではないかと思う。
「そうではない。教師も含めて社会教育をすることに意義がある」というのであれば、「全員○○願います」だの「本部ですでに決まっていますので勝手なことをしないでください」だの「1人1回活動をしていただきます。仕事は理由になりません」だのの上から命令は、言うまでもなく教師に対しても行われるべきものであろう。

「なぜPTA会員として教師が設定されているか」の私なりの答え:
業務時間内にPTAのプリントをくばったり、学校行事内でPTAからのお菓子や景品を配ったり、保護者会の時間枠でPTAの役員決めを行ってその強要に加担したりなどをしてもいいことにするため。
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利己ってなんだろう

学校の児童の保護者であるにもかかわらずPTA非入会である人を、「自分さえ良ければいい人」と言い表す人がいる。
そう言って、「私はみんなのことを考えて、自分の得だけを優先することはしないわ」とウットリしている人には大変申し訳ないのだが、人間の行動基準というのはまず「自分にとってよいかどうか」であり、その基準が乱れていたり、基準はあるけれどもその通りに出来ない人のことは、さまざまな病気名・障害名・各種の発達遅滞などの名前が付けられ「一定の異常がある」とみなされたり、心理学的に特異な状況下におかれているとみなされたりする。
だらだらとややこしいことを書いてしまったが、要は、「自分にとっていいことを最優先するというのは、人間のきわめて健康な状態である」ということを私は言いたいわけだ。

PTAに入らない人のことを「自分だけ良ければいい人」と呼ぶ人であっても、

「やらなければならないことなのに他人にだけ押しつけるのは申し訳ないわ」という自分の心の負荷を、実際に「自分の割り当て分である」と自分が見なす活動をこなすことによって軽減できるから、それが自分にとって快であるから、やっている

わけである。そういう意味では、「自分だけ良ければいい人」である。そこには「やらなければならない、という定義づけ自体に疑問をもつ」人の考え方をを想像したりみとめたり、シェアしてみようと試みたりする余裕はない。なんらかの理由で「やらなければならないことだ」という観念を既定事実として曲げたくないため、「やらなければならないということについて疑問を挟みたがる人は、やりたくないから、人に押しつけたいから、そう言うのだ」という曲がった解釈以外、することができない。

「自分にとっていいことを基準として行動する」ことができない人が一種の病であるのと同じように、「自分にとって良ければ他人を踏みにじってもかまわない人」も一種の病であろう。
人間は一次的には自分にとっていいことを基準として行動するが、そこに他人に対する思いやりを加味して、総合的に「自分にとっていい」と判断して行動できるのが成人というものである。その加味がまったくできない人は、それはそれでサイコパス(的)などの異常者としての呼称をつけられることになるだろう。
私の観察では、健常発達の子であれば、なにも成人にならなくても、3歳ぐらいから徐々にその能力の範囲で「他人を思いやること」を「自分の快不快判定に含まれる要因」として持ちはじめる。

「非入会だなんて、自分さえ良ければいいのね」という人がいて、それがもしサイコパス(的)だという非難の意味で使われていたら、私はそれはずいぶんだなと思ってしまう。
私がもし自分にとっていいこと(のみ)が最優先で、他人のことなど顧慮しないのであれば、PTA活動についてはだまって自動入会のままにし、「もっとも楽な役」を奪うジャンケンに積極的に参加し、前年のやり方を「それがいいかどうか」など議論せずそのまま踏襲し、さっさと終わらせたらあとは無関心をつらぬき、「自分の分は終わったのだから」となにがなんでも他人に押しつけ、他人が昼夜なく仕事をしていようが末期ガンだろうがおかまいなく、義務なんだからやれよ甘えるなで終わりだろう。
なぜなら、それが一番、労力と時間を節約できる方法=自分だけにとってベストな方法、だからである。

今現在の私がなぜそうしておらず、わざわざ退会したり議論したり関係部署に問い合わせたりなど、はてはブログを更新したりなどあえて面倒くさいことばかりしているかというと、そういう「自分だけにとってベストな方法」をとることが私にとって「もっとも快」ではないからである。そうしないと、「自分にとって良くない」からだ。
そういう意味で言っているのであれば、ぜひとも私のことを「自分さえ良ければいい人」と呼んでいただきたいものである。

H25.2 ぶきゃこから中学校長へ

お礼とお詫び

本日はお忙しい中、新入生説明会を開催していただきましてありがとうございました。
その中で時間を割いて、副校長先生よりPTAが加入任意である旨、加入については入学式の後にPTA会長より説明のうえ申込書を取る旨、しっかりご説明いただけたことは、大変素晴らしいことであったと感服いたしました。
採寸終了後、校長室に伺う所存でございましたが、かのように明確にご説明いただけたことと、冷えたせいかやや体調がすぐれなくなってしまいましたため、ご連絡も差し上げず帰宅してしまいましたこと、お詫び申し上げます。

先生でもお医者様でも、世の中に誤らない人はいらっしゃいません。誤りを見つけた時に、それを正すことができるのが真に尊敬できる方だと私は考えております。本日の副校長先生のお言葉を聞いて、息子をこの学校に入学させることにしてよかったと思いました。
校長先生、あのように大勢の保護者の中の、たった1人の声に聞く耳を持っていただき、どうもありがとうございました。
何かと教育の足りていない息子でございまして、ご迷惑をおかけすると思いますが、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

     ぶきゃこ

H25.2.6 ぶきゃこから中学校長へ

校長先生
ご回答をありがとうございました。

PTAにつきましては、私よりも校長先生のほうが十分ご承知とは存じますが、学校とは全く別の任意団体であり、加入も自由意志です。
任意団体というものは、通常、入会を検討する者に対して事前に団体の活動内容・費用・会員の権利と義務などについての説明があり、加入申し込みを受けた後、会費を徴収します。これが一般常識というものではございませんでしょうか。もし、私の“一般常識”が誤っているのでしたら、御指摘下さい。

それを踏まえれば、公立中学校において、PTAという団体の説明も、活動内容の説明もなく、もちろん入会するしないの意思確認も取っていない段階で、学校から配布された資料に「教材費等納入金」として他団体であるPTAの会費が含まれているというのは、異常であると考えます。
消費者契約法においてはPTAも事業者であり会員は消費者です。貴校PTAのようなやり方は消費者契約法に違反している可能性がきわめて高いと私は考えております。
事業者であるPTAがそれをやることも問題ですが、それを公的教育機関である中学校が、あたかも学校費用であり入学手続きの一環であるかのように錯覚させて集金することは、見過ごすことの出来ない大問題です。

校長先生は先日のご回答において、
PTA加入につきましては、現在、保護者の方にも様々なご事情やお考えがあり、十分尊重したい
と仰っておられます。そのお言葉の内容と、実際にやっておられることとの間が、いささか整合性が欠けるように私は受け止めております。
任意団体への加入非加入については、まずは保護者の意思を確認する、ことが大前提となるのではないでしょうか。

私は校長先生はじめ貴校の先生方に悪意があるとは考えておりませんが、あえてそういう見方をするならば「加入が任意であることを隠し、意思を問わず自動的に一律会員ということにして、会費も学校の費用ということにして徴収してしまいたい」という意図が感じられます。「人をだます」というのは言いすぎかもしれませんが「ある方向に誘導する意図を持って、故意に重要なことを知らせない」という「未必の故意」が感じられなくもないやり方だと思います。
くり返しになりますが、PTAという民間団体がそれ(加入して欲しいがためにあたかも義務であるかのように偽装する)をやっているというのであればPTAに抗議する、または関わらなければ良いまでですが、これを学校がやっているというのは重大な問題だと考えております。

説明時間がないということにつきましては、理解いたしましたが、であれば紙1枚配布するだけで済む話ではございませんでしょうか。
「すべて説明するには時間が足りない」という点においては、中学校生活の他の重要事項等についても条件は同じです。ですから、時間がないため、あるいは保護者が全員出席するとも限らないため、文書にしてまとめられていると存じます。それが配布資料ですね?そうではありませんでしょうか。なぜに、PTAについての説明のみが「隠ぺいの意図があるのでは」と感じられるまでにあくまでも割愛されるのでしょうか。
あたかも教材費等の一種であるかのようにPTA会費を項目として盛り込むこと自体不適切ですが、どうしても合算で書かなければいけないのでしたら、
※なおPTAについては加入は任意であり、非加入については担任にお伝えいただければ○月引き落とし額から会費分が差し引かれます。
などのような1行を載せればすむ話です。まだ、紙面にはだいぶ余白があるようにお見受けします。
PTA会長がいないから説明しないという理由も大変納得いたしかねるものです。何故なら、徴収をしているのは貴校であり、PTAではないからです。

ましてや当方のように、「加入しない意思」を事前に明確にしているにもかかわらず、PTA会費を含めた金額を引き落とされるということ自体もはや異常なのであって、決して、「貴校の配慮と厚意によってご返金頂く」ような性質のものではないことを相互に確認させていただきたいと存じます。
「しかるべき時期に」という校長先生のご回答でしたが、加入を断っている者から同意なく会費を引き落とし、「いつか返しますよ」のようなご回答をされることに若干驚いております。説明会の日までに、返金の時期と方法を明確にしていただきたく、重ねてお願い申し上げます。

次に、貴校がPTA会費を徴収する以上、PTAと貴校の間で「集金委託契約」等が締結されているものと存じますが、その内容はどのようなものとなっていますでしょうか。
通常、団体等における集金委託というものは、団体と加入者の間で入会等の契約が交わされ、加入者の同意の元に加入者情報リストが集金者に渡され、その情報を元に集金者が加入者から実際に集金をします。そういう手順であればなんの問題もございません。
これが、団体から具体的な情報提供や正式な委託がないのに、集金する対象を集金者が勝手に決めて、「AさんとBさんから集金しました」と団体に、集金した資金およびAさんBさんの個人情報を手渡すようなことがあれば大問題です。AさんBさんは憤慨するでしょう。団体の会費を集金者が徴収することにも、自分の情報を集金者が団体に手渡すことも、そもそもその団体に加入すること自体も同意した覚えがないのですから。

PTAも、入会申し込みによって作成した会員リストを貴校側に手渡して、「この人たちから集金をしてください」と委託しているのであれば、問題は少ないと考えます。
これが、団体(PTA)が「保護者からウチの会費集めてください」というようなアバウトな要請を出し、集金者(学校)が学校保護者名簿をもとに集金し、団体に集金結果リストを渡して、団体がそれをもとに「会員名簿」とするようなことが万一行われているとしたら、とんでもないことだと私は思っております。

私の子どもは民間のスポーツチームに入っておりますが、私が「校長先生、うちのスボーツチームは子供の健全育成に大変役に立っています。ぜひ会員を増やしたいので、学校で『教材費等』ということにして保護者から集金してきてもらえませんか? それで誰から集金できたのかを報告していただけますか? そしたら会員ということにします。」などと言ったらどう思われますか? 「何をとんでもないことを」と思われませんか? なぜPTAだけはそれをしてもいいのでしょうか。

PTA会費を含めた金額を私の口座から引き落とすのであれば、それをしてもよいという法的根拠、または、学校とPTAの委託契約内容をぜひご明示いただきたく、お願い申し上げます。PTAは、会費を「誰から」徴収するように、貴校に委託しているのでしょうか?

長くなりましたので、まとめます。
ご質問① PTA非会員に対していつどのような形で会費が返金されますでしょうか。
ご質問② PTAと貴校の集金委託契約はどのような内容ですか。
ご質問③ 貴校は、保護者の名前・学年組・集金結果などの個人情報をPTAに提供していますか。
<ご要望> PTA会費は教材費等ではなく加入任意の団体の会費である事実、および、入会または非入会を団体に通知する方法、非入会の場合の集金方法、を保護者全員に対しご説明いただきたくお願い申し上げます。(時間がなければ、書面で)

以上になります。
ご回答の方は、説明会の日に面談でも構いませんが、子供に負担のかからない方法(先に採寸を済ませるなど)にてお願いできますと有り難く存じます。
お忙しい中恐れ入りますが、何卒よろしくお願いいたします。

H25.2.2 中学校長からぶきゃこヘ

校長先生からのメールが来たが、公式回答というよりも私信に近い内容であったため、インターネットブログでの公表は控えて、要点のみ掲載する。

(前略)
さて、PTA加入につきましては、現在、保護者の方にも様々なご事情やお考えがあり、十分尊重したいと思っております。また、PTA自体にも改善すべき点があるとも認識しております。
しかし、今回の保護者説明会は、40分程度の非常に限られた時間内で行い、終了後には標準服の採寸が予定されています。また、PTA会長等は出席しませんので、学校としてPTAについて回答することもいかがかと思われます。
ついては、お急ぎのことがありましたら、説明会終了後に学校が回答できる範囲で個別にお受けしたいと思います。
なお、PTAに加入しない旨のぶきゃこ様のご意思は承っておりますので、会費納入等についてはしかるべき時期に配慮いたします。
(後略)

  三多摩中学校校長 田吾作

「ところで最後に私どもからのお願いなんですが…」

たぶん5〜6年前からの話ではないかと思うのだが、4月の保護者会などで担任や校長から保護者に対して、タイトルのような前置きで釘を刺されるようになったことがある。
それは、「子供さんの前で教師の悪口を言わないで欲しい」という旨である。

曰く、あなたがたから見て私たち(教師)や学校の方針というものは、気に入らないこともあるかもしれない。私たちも完全な人間ではないので、欠点もある。しかし、それに対する不満や批判を子供の前で漏らすことは、子供と私たちの信頼関係を崩すことになる。教育に支障が出る。私たちは尊敬され、信頼される必要がある。よって、そのようなことを言うのはやめてもらいたい。

一見、もっともらしい話ではあるが、これほど他人や社会、子供をナメた話はないのではないかと思う。
子供の教育の最たる責任者は親である。信頼されなければ教育が成り立たないのは親も同じだ。しかし「子供に私の悪口を言わないでください」と近所や親戚に頼んで回る親がいるだろうか。そんな口止めして回っていることがわかれば子供に呆れられ笑われるのではないだろうか。ろくな教育できていない私が言うのもなんだが、教育など人間の裸の姿そのままでぶつかるしかないものだろう。
いろいろな考え方をする人がいるのが社会である。いかなる生き方をしたって批判されるときはされるのが人間だ。親と教師で視点も立場も違うのも当然。親に批判されたからとたちまち子供の信頼が揺らぐような教育であれば、それはそれまでの質だったというべきではないだろうか。
親の考え方を知り、教師の考え方を知る。学校や学校以外の社会について、成り立ちやそこに流れる思想や相互の関係を知っていく。自分の環境を知り、そこから自分の頭で判断し考える練習をしていく。それこそが子供が教育を受ける権利であるし、「学校と家庭の連携」というなら、そういう多様性の中で子どもが守られ、育てられていくことを保証すべきだろう。

私の目から見て、今の学校教育や体制にはいろんなウソやごまかしがぬりこめられている。ウソだから全部悪だというつもりもないが、ウソはウソだ。なんで私までその茶番劇の片棒をかつがなければならないのかさっぱりわからない。おかしいと思えばおかしいと言うだけの話である。何も、だからといって学校つぶれろとか、教師やめろとかいう話でもない。なぜ私たち親が、学校にとって都合のいい考え方に合わせ、態度を揃えなければならないのかわからない。

子供が学校に対する信頼を失って困るのは、学校よりもむしろ親である。こちらは一生の責任を負っていくのだ。だから、必要以上に教師をこきおろし悪口を吹き込む親などそうそういるものではないだろう。そんなことするのはただのバカである。そんなことすらわからず、みっともなく「悪口言わないでくださいね」と頼んでくる校長や教師にはウンザリだ。なぜか最近、学年はじめや入学時に必ずといっていいほどそういうバカなフレーズが聞かれるようになったのは、教委の指導なのであろうか? 本当に下らないことである。

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ぶきゃこ

Author:ぶきゃこ
東京多摩地区。
会社員しながら4匹にエサやり中。
母親としてはもう相当数無理あり。
中2以来、ずっと重度の中二病。
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